この読み物が、今回で五百話に到達しました。火のこと、蒸気のこと、薪のこと、そして岩手と北の国々のこと。とりとめもなく綴ってきた話が、気づけば五百も積み上がりました。四百話の節目からここまで、また百話。読んでくださった皆さまのおかげです。今日は、いったん筆を休めて、五百話のごあいさつをさせてください。
おかげさまで、五百話
正直に申し上げると、この読み物を書き始めたころ、五百話まで続くとは思っていませんでした。薪ストーブとサウナの店として、伝えたいことを少しずつ書きためていくうちに、一話が十話になり、百話になり、そうしてとうとう五百話です。派手な宣伝でもなく、うまい売り文句でもない。ただ、火のある暮らしの楽しさや、蒸気の心地よさを、正直に綴ってきただけの文章に、こうして長くお付き合いいただけたことを、心からありがたく思っています。一話ごとに、読んでくださる誰かの顔を思い浮かべながら、書いてきました。
火の話ばかり、書いてきました
振り返れば、火の話をずいぶん書いてきました。いい薪の見分け方、乾かし方、焚きつけのコツ、煙突の掃除、灰の始末。薪ストーブの選び方から、日々の火との付き合い方まで。火は、ただ部屋を暖める道具ではありません。炎を見つめる静かな時間、薪を割る汗、家族が火のそばに集まる夜。火のある暮らしには、暖かさ以上のものがあります。その豊かさを、少しでもお伝えできていたら、書き手としてこれ以上の幸せはありません。火は、暮らしの中心にあってこそ、本当の力を発揮するのです。
蒸気の話も、書いてきました
火と並んで、蒸気の話も数多く書いてきました。サウナの入り方、ロウリュの楽しみ、水風呂と外気浴、そしてととのうという感覚。フィンランドやエストニアのサウナ文化から、自宅にサウナを持つ喜びまで。熱い蒸気に身をゆだね、冷たい水で引き締め、静かな外気の中で自分を取り戻す。この繰り返しが、どれほど心と体を軽くしてくれるか。私たち自身が惚れ込んでいる蒸気の魅力を、あれこれと言葉にしてきました。火と蒸気は、別々のようでいて、熱を扱うという一点で、深くつながっています。
岩手と、北の国々をめぐって
火と蒸気を軸にしながら、話はずいぶん遠くまで旅もしました。岩手の風土や食べもの、盛岡の街の楽しみ、秋田や青森の祭りと文化。そしてフィンランドをはじめとする北の国々の、暮らしの知恵や幸福の考え方。一見、火や蒸気と関係なさそうな話にも、たどっていくと必ず、火の温もりや、蒸気の心地よさや、寒さと折り合う暮らしの工夫が顔を出しました。北に暮らす人々は、みな火とともに冬を越えてきました。その共通の物語をたずねる旅は、書いていて本当に楽しいものでした。
火のそばで、生まれた出会い
五百話を書いてきて、うれしかったのは、この読み物をきっかけに、たくさんの出会いに恵まれたことです。「あの話を読みました」と、ショールームの戸をたたいてくださる方。火や蒸気の話に、遠い土地から便りをくださる方。一つひとつの文章の向こうに、読んでくださる誰かがいる。そのことが、次の一話を書く力になってきました。思えば、住田町の山主だった祖父の代から、私たちは火とともに生きてきました。祖父が見つめた炎と、いまお届けする火は、同じ温もりでつながっています。そのご縁を、こうして言葉にできることを、心からありがたく思います。皆さまお一人おひとりが、この読み物を五百話まで育ててくださった、大切な仲間なのです。
これからも、火と蒸気の話を
五百話は、区切りではあっても、終わりではありません。火のある暮らしの楽しさは、まだまだ語り尽くせません。季節はめぐり、新しい火の夜がやってきて、新しい蒸気の物語が生まれます。岩手・盛岡のD'STYLEは、これからも、火と蒸気の話を書き続けます。この読み物は、宣伝ではなく、火のある暮らしへのささやかな招待状です。どうぞ、これからもお付き合いください。次は、五百一話目で。火のそばで、またお会いしましょう。
写真: Acabashi (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



