岩手県花巻市は、詩人で童話作家の宮沢賢治(1896年から1933年)を生んだ土地であり、県内有数の温泉郷でもあります。花巻温泉郷は、いくつもの個性ある湯が集まる、湯けむりの里。今日は北東北・岩手編、この温泉と、湯気という蒸気の文化の話をします。
大正に開かれた、バラの湯
花巻温泉は、大正時代の1923年ごろ、実業家の金田一国士によって本格的に開発されました。台温泉から湯を引き、遊園地やホテルを備えた一大温泉地として整えられたのです。花巻温泉のバラ園は今も名高く、初夏には数百種のバラが咲きそろいます。この花壇の意匠には、地元出身の宮沢賢治もかかわったと伝えられ、賢治が描いた「日時計花壇」の図面が残されています。花と湯の里は、賢治の夢ともつながっているのです。
賢治も通った、湯治の湯
花巻温泉郷の奥には、大沢温泉という古い湯があります。木造の湯治宿が渓流沿いに立ち、自分で食事を作りながら長く逗留する「自炊湯治」の文化が、今も息づいています。宮沢賢治もこの湯を愛し、たびたび訪れたことで知られます。川のせせらぎを聞きながらつかる露天の湯は、素朴ながら忘れがたい名湯です。派手さはなくとも、湯と自炊とで体を整える湯治の暮らしは、時間をかけて心身をほどく、昔ながらの養生法です。
立って入る、鉛温泉
花巻温泉郷には、鉛温泉という珍しい湯もあります。名物の「白猿の湯」は、足元から湯がわく深い岩風呂で、体を沈めるのではなく、立ったままつかるのが習わしです。深さのある湯に立って全身を温めるこの入り方は、ほかではなかなか味わえません。傷ついた白猿が湯で傷を癒やしていたという開湯の言い伝えも残り、古くから人々に親しまれてきました。個性ゆたかな湯が集まるところが、花巻温泉郷の奥深さです。
湯けむりは、天然の蒸気
温泉地に立ちのぼる湯けむりは、地の底の熱が生んだ、天然の蒸気です。湯につかり、立ちのぼる湯気を吸いこむと、体の芯からほぐれていく。この温かい蒸気に身をゆだねる心地よさは、サウナの蒸気に通じるものがあります。人は昔から、熱い湯と蒸気で体を整え、心を休めてきました。花巻の湯けむりは、その長い知恵の、やさしいあらわれです。賢治が愛した湯の里は、蒸気の心地よさを今に伝えています。
賢治の心に、湯けむりが
宮沢賢治は、花巻の湯を、体を休めるためだけに訪れたのではありません。花巻農学校の教師として教壇に立ち、詩や童話を書きながら、農民の暮らしに寄り添おうとした賢治にとって、渓流沿いの湯宿は、思索をめぐらせる静かな場所でもありました。立ちのぼる湯けむりを眺め、川のせせらぎを聞きながら、あの澄んだ言葉の数々を心に育てていたのでしょう。花巻温泉郷でもっとも古い湯とされる台温泉は、平安のころ、坂上田村麻呂の東征の折に見いだされたと伝えられ、千年を超える湯の歴史がこの地に流れています。傷ついた身を癒やす湯として長く親しまれ、のちに花巻温泉の湯もここから引かれました。賢治が愛した湯けむりは、はるか昔から絶えることなく立ちのぼり、今も訪れる人の心を、そっとほどいてくれます。湯と詩と蒸気の温もりが、この土地では一つに溶け合っているのです。
蒸気で整う暮らしを、盛岡から
湯と蒸気で体を整える文化は、岩手に深く根づいています。その心地よさを、家の中でも味わえます。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビアのサウナヒーターや薪ストーブで、火と蒸気のある暮らしをお手伝いしています。花巻の湯を訪ねたあと、わが家の蒸気の話を、店でどうぞ。
写真: さかおり (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



