移民の家がまだ故郷を手放していないかどうかを、研究者はサウナの有無で測った。60年以上前の地理学調査に残る数字を追いながら、岩手からも海を渡った人がいたことを思い出す。
庭の隅に建つ小屋
ミシガンやミネソタの田舎道を歩くと、母屋から少し離れた庭の隅に、もう一棟、小さな小屋が建っていることがあります。物置ではありません。フィンランドから移り住んだ家族の、サウナ小屋です。
1963年、地理学者のコットン・マザーとマッティ・カウプスは、この小屋を数えて歩きました。「The Finnish Sauna: A Cultural Index to Settlement」という論文で、二人が実地調査した対象郡(ミシガン州とミネソタ州の一部、フィン系移民が集中して定着した地域)では、調査したフィン系アメリカ人世帯の4分の3以上が、実際にサウナを持っていたことが示されています。この数字は、あくまで論文が調査対象とした特定の郡における結果であり、北米に渡ったフィンランド系移民全体に一律に当てはまる割合として読むものではありません。二人はそれを、移民がまだ故郷の暮らし方を手放していないことを示す「文化の指標」として扱いました。持ち物の数を数えるようで、実は家族の記憶の深さを数えるような調査です。

最初のサウナは、17世紀のアメリカで途絶えた
実はフィン人がサウナを北米に持ち込んだのは、19世紀の大移民より二百年以上前です。1638年から1655年にかけて、デラウェア川流域に「ニュースウェーデン」というスウェーデン領の植民地がありました。この植民地に加わったフィン人入植者たちが、自分たちのサウナを建てたことが記録に残っています。
しかし、このサウナの文化は長く続きませんでした。研究者マイケル・ノルドスコグの整理によれば、1740年頃までにはニュースウェーデンのサウナは途絶えてしまったとされています。一度根づいたものが、次の世代までに消えてしまう。土地に一室を作ることと、それを使い続けることは、別の難しさなのだと分かります。

30万人が海を渡った時代
サウナが北米で再び根づくのは、19世紀後半からの本格的な移民の波によってです。1864年から1914年までのおよそ50年間で、30万人を超えるフィンランド人がアメリカに渡りました。多くはミシガン州とミネソタ州に定着しています。カナダにも、1950年までの数十年で5万人を超える人が渡り、特にオンタリオ州に多く住みました。
アメリカ合衆国国勢調査局(U.S. Census Bureau)の統計によれば、アメリカに住むフィンランド生まれの人口は、1920年に149,824人でピークを迎えたとされています。この数字はマザーとカウプスの論文やノルドスコグの著書そのものに基づくものではなく、米国国勢調査のデータを参照したものであることをここに明記しておきます。慣れない気候の土地で鉱山や森林の仕事に就いた人々が、まず建てたものの一つがサウナでした。マザーとカウプスが1963年に見つけた「調査対象郡で4分の3以上の世帯にサウナがある」という数字は、この時代に建てられた小屋が、何世代も経ってなお残っていたことの証でもあります。
珍しいものから、当たり前のものへ
サウナが移民の家だけのものから、北米社会全体に広がっていく転機は1960年代にありました。1960年のスコーバレー冬季オリンピックでサウナが紹介され、1962年にはアメリカのジョンソン副大統領がフィンランドを訪問しています。こうした出来事をきっかけに関心が広がり、1964年には Sauna Society of America(アメリカ・サウナ協会)が設立されました。
それまで「フィン系移民の風習」だったサウナが、この時期を境に、国籍を問わず楽しむものへと変わっていきます。移民の子や孫たちにとっては、自分たちの家の小屋が、周囲から珍しがられるものから、説明のいらないものへと変わった時期でもあったはずです。

岩手も、人を送り出した土地だった
北米に渡ったのはフィンランド人だけではありません。岩手からも、明治から昭和にかけて多くの人がアメリカやブラジルへ渡っています。遠く離れるほど、家に残す一室が暮らしの芯になる。フィン系移民が庭の隅にサウナ小屋を建てたのと同じ気持ちを、想像するのはそう難しくありません。
D'STYLEが盛岡で作る自宅サウナも、施設ではなく「家の中の一室」です。週末だけのお楽しみで終わるか、生活の習慣として何年も残るか。その分かれ目は、実は施工した時点ではまだ見えません。マザーとカウプスが1963年に数えて歩いたのと同じ問い、つまり「その家にサウナはあるか、そして今も使われているか」を、私たちは引き渡した後の年月の中で確かめることになります。

引き渡してから、本当の答え合わせが始まる
盛岡や矢巾、滝沢で施工させていただいたお客様のもとを、点検や薪の相談で伺うことがあります。そこで見るのは、設計図の上の性能ではなく、実際に週に何回使われているか、冬にどう使い方が変わったかという暮らしの実感です。使われなくなった一室ほど、正直に語るものはありません。
17世紀のニュースウェーデン植民地のサウナが百年ほどで途絶えたように、一度建てた小屋がいつまでも使われ続ける保証はどこにもありません。だからこそ、設置の段階で、母屋からの動線や冬の凍結対策、木部の手入れのしやすさといった、使い続けるための地味な条件を丁寧に詰めておくことが、私たちの仕事の中心だと思っています。

数えられるのは、小屋の数だけではない
1963年の調査が数えたのは、あくまで対象郡における「サウナのある世帯の割合」という一つの数字です。その数字の向こうに、故郷を離れてなお手放さなかった暮らし方があり、逆に途絶えてしまった暮らし方もあったことを、私たちは記録からしか知ることができません。
盛岡の庭先に建つ一棟も、いつか誰かが同じように数える日が来るのかもしれません。今日、火を入れるかどうか。それだけの、けれど積み重ねればひとつの文化になる選択を、この土地で続けていけたらと思います。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。サウナの利用は誰にでも一律に適するものではなく、高齢の方、心臓病・高血圧などの持病をお持ちの方、体調がすぐれない時、飲酒後、妊娠中の方などは、健康上のリスクが高まる場合があります。ご利用にあたっては無理のない範囲で行い、持病をお持ちの方や体調に不安がある方は事前にかかりつけの医師にご相談ください。
参照した研究
- Cotton Mather, Matti Kaups. "The Finnish Sauna: A Cultural Index to Settlement." Annals of the Association of American Geographers, vol.53, no.4 (1963), pp.494-504.
- M. Nordskog. The Opposite of Cold. University of Minnesota Press, 2010, p.45.
- U.S. Census Bureau(アメリカ合衆国国勢調査局)人口統計(1920年、フィンランド生まれ人口)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



