古い報告ですが、今も現場で説明していることがあります。熱は皮膚の表面だけでなく、皮下に入った薬の巡りにも関わるという話です。1980年、インスリンを使う方を対象にした研究が、サウナの熱でインスリンの吸収が速まったと報告しました。効能の話ではありません。自宅にサウナを構えるとき、家族の誰が何に気をつけるべきかという、設計と運用の話です。
冬の玄関先で聞かれること
盛岡でサウナの打ち合わせをしていると、間取りの相談の合間にふと聞かれることがあります。「うちは主人が糖尿病なんですが、大丈夫でしょうか」。多くはためらいがちに、世間話のついでのように出てきます。断定できることは少ないのですが、こうした質問が出るたびに思い出す研究があります。46年前、1980年にイギリスの医学誌に載った、インスリンとサウナの吸収速度についての報告です。
1980年の報告が示したこと
英国医師会雑誌(British Medical Journal)に掲載されたKoivisto VAの報告では、インスリンを使っている方を対象に、85℃で25分を2回、サウナに入ってもらいました。室温で過ごした場合と比べたところ、皮下の注射部位からのインスリンの吸収が110%加速したと報告されています(p<0.01、これは偶然では説明しにくい差という意味の統計上の目安です)。あわせて、サウナのあとに血糖値が3.0〜3.3 mmol/L低下したという報告も添えられています。数字だけを見ると劇的に思えますが、これは古く小規模な報告であり、今の生活にそのまま当てはめられる大きさの研究ではありません。

対象者の限界を、はっきり書いておきます
この報告を紹介するときに、私たちが一番気をつけているのがここです。対象となったのは、インスリンを使用している方の中でもごく少人数です。公開されている要旨や引用情報からは、性別の内訳や年齢構成、対象者の国や生活環境までは詳しく確認できません。分かっているのは「インスリンを使用している成人を対象にした、少人数の臨床観察」という範囲までで、女性、高齢者、2型糖尿病でインスリンを使わない方、あるいは子どもや妊娠中の方に、この結果がそのまま当てはまるかどうかは検証されていません。46年前という時代の違い、対象者の人数の少なさ、報告された国や医療環境の違いも考えると、「自分にも同じことが起きる」と読み替えるのは早計です。この記事は、こうした限界を持つ古い報告を紹介しているにすぎないという前提で、以下も読み進めてください。
数字が示しているのは「速さ」であって「効能」ではない
ここで大事なのは、この研究が示しているのは吸収の速さの変化であって、サウナに治療的な効能があるという話ではないということです。熱によって皮膚の血流が増えれば、皮下に入っているものの巡りが変わる。それだけの、いわば物理的な現象です。だからこそ逆に、体調管理を薬に頼っている方にとっては見過ごせない話になります。効いてほしいタイミングでない時に効きすぎる、あるいは早く切れてしまう、ということが起こりうるからです。


施設のサウナと、家のサウナの違い
施設のサウナであれば、スタッフの目があり、決まった時間で区切られ、体調が悪ければ周りが気づいてくれることが多いものです。一方、自宅にサウナを構える最大の利点は、いつでも好きな時間に、一人でも入れることです。ただ、この利点はそのまま、体調の変化に誰も気づけないという弱点にもなります。岩手で自宅サウナを施工していると、母屋から少し離れた庭やガレージの脇に置くケースが多くあります。景色がよく、煙や音も気にせずに済む配置ですが、家族の生活動線からは外れます。
引き渡しのときに必ず伝えていること
D'STYLEでは、サウナを引き渡すときに使い方のメモをお渡ししています。そこに必ず入れている一文があります。「持病があり服薬・注射をされている方は、事前に主治医にご相談ください」。この一文は今回の研究があってはじめて、根拠を持って説明できるようになりました。加えて、脱衣所に呼び鈴やインターホンの子機を置くこと、スマートフォンを持ち込める場所を作ること、家族に「今からサウナに入る」と一声かける習慣をつけることを、設計と運用の両面からお勧めしています。

石の量とストーブの出力の違いについて、誤解のないように
余談として、施工の立場から付け加えます。同じ85℃でも到達の仕方はストーブによって違います。薪や電気のストーブにサウナストーンを積んだフィンランド式は、石にかけるロウリュで湿度を足すぶん体感の熱の伝わり方が独特です。石の量が多いほど蓄熱は安定しますが、立ち上がりまでの時間は長くなります。逆に出力の高いヒーターは早く温度に達しますが、体が慣れる前に熱にさらされる時間が短くなりがちです。ただし、これはあくまで体感温度の話であり、石の量やヒーターの出力を選ぶことでインスリンなど薬剤の吸収速度をコントロールできる、という意味では一切ありません。Koivisto VAの報告は室温とサウナ(85℃)の比較であって、石の量や機種の違いによる吸収速度への影響は検証されていません。この段落は施工現場での体感の話にとどまる推測であり、医学的に確認された事実ではないことを明記します。持病のある方には、急に強い熱にさらすより、低めの温度からゆっくり時間をかける使い方を勧めることが多いですが、これも一般的な安全上の配慮であって、薬の吸収を調整する方法ではありません。
岩手の冬という条件
岩手の冬は、体調管理そのものが難しい季節です。除雪で汗をかき、暖房で室内は乾き、外はマイナスの気温が続きます。血糖値の管理をしている方にとっては、寒暖差そのものが負荷になります。そこにサウナという熱の負荷が加わるわけですから、入る前に「今日は調子がいいか」を確認する習慣は、施設よりも自宅サウナのほうがむしろ大切になると、私たちは現場で感じています。これは研究の結論ではなく、施工と引き渡しを重ねてきた中での実感です。
46年前の小さな報告ですが、熱と体の巡りが無関係ではないということを、あらためて教えてくれます。ただし、対象となったのはインスリンを使用する少人数の方であり、性別や年齢の内訳、対象者の国や生活環境まで詳しく分かっているわけではありません。女性や高齢者、2型糖尿病でインスリンを使わない方にそのまま当てはまる結果ではないという前提を、まず押さえてください。サウナは気持ちのよいものですが、薬を使っている方にとっては、いつ・どれくらいの熱に、どんな体調で入るかという条件が、そのまま吸収の速さに関わるかもしれません。だからこそ私たちは、サウナを納めるときに温度計や柵と同じくらいの重みで、この一文を渡しています。持病や服薬をされている方は、自宅サウナを検討する段階で、まず主治医にご相談ください。盛岡・岩手で薪ストーブや電気ヒーターによる自宅サウナの設置をお考えの方は、間取りや配置とあわせて、こうした運用面のご相談もお受けしています。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。また、紹介した1980年の報告は対象者数が少なく、性別・年齢・国籍などの詳細な内訳が公開情報からは確認できない小規模な臨床観察であり、そこから導かれる内容を一般化して読むことはできません。
参照した研究
- Koivisto VA. British Medical Journal. 1980;280(6229):1411-1413(PMID 7000239)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



