盛岡の春の主役は、裁判所前の石割桜です。周囲二十メートルを超える花崗岩の巨石、その割れ目から育った樹齢三百数十年のエドヒガンザクラ。岩を割って咲く花を、盛岡の人は毎年誇らしく見上げます。今日は、石の話。考えてみればこの県は、名前からして「岩」の手なのです。

「岩手」の名は、鬼の手形から
県名の由来として語り継がれるのが、三ツ石神社の伝説です。昔、羅刹(らせつ)という鬼が里を荒らし、困った人々が三ツ石の神に祈ると、神は鬼を境内の三つの巨石に縛りつけた。鬼は「二度と悪さをしない」と誓い、その証として岩に手形を押した。岩に手形、で岩手。鬼が去るときに「もう来ない」と誓った地が不来方(こずかた)、これでもう来まいと喜んだ人々が「さんささんさ」と踊ったのが、さんさ踊りの始まり(こちら)とも伝わります。県名も、旧地名も、祭りも、ぜんぶ一つの石の物語から。石は、この土地のアイデンティティの根っこなのです。
盛岡は、花崗岩の上の街
盛岡の足元は、花崗岩の土地です。北上川の川原の石、盛岡城の壮麗な石垣、そして石割桜の巨石。花崗岩は硬く、風化に強く、磨けば美しい、石材の王様です。盛岡城が「石垣の名城」と呼ばれるのも、良質な花崗岩が近くで採れたからこそ。そしてこの硬い岩盤は、雨や雪解けの水をゆっくり漉して、澄んだ地下水を育ててもいます(水の話)。硬い石の下に、やわらかい水がある。盛岡の名水は、花崗岩からの贈り物です。
柔らかいものが、硬いものに勝つ
石割桜のすごみは、その最も硬い石を、桜の根がゆっくり割ったことにあります。一説には、落雷で入った割れ目に種が落ち、何百年もかけて根が押し広げたと言われます。北国の冬、割れ目にしみた水が凍って膨らむ力も、少しずつ石を割る手伝いをしたのでしょう。花崗岩という石材の王を、一本の桜が時間を味方に負かした。盛岡人がこの木を愛するのは、その物語ごとなのだと思います。硬さより、あきらめない根の力が勝つ。春になるたび、街はそれを見上げます。
そして石は、熱を抱く
石の国の話の締めくくりは、やはりサウナストーンです(こちら)。何億年の火成岩が熱を抱き、ロウリュの蒸気を生む。ソープストーンのストーブが熱を蓄えて夜通し放つ(こちら)。石と付き合う暮らしは、石の国の住人に、よく似合います。鬼の手形の県で、石に水を打って蒸気を上げる。なかなか、物語のある入浴だと思いませんか。
石は、祈りの器でもあった
この土地の人と石の縁は、暮らしの道具にとどまりません。三ツ石神社の巨石がそうであるように、大きな石は古くから神の宿るものとして敬われてきました。村の辻に立つ道祖神や庚申塔、田を見守る石仏、家々の庭石。動かず、朽ちず、何百年もそこにあり続ける石は、人の祈りや願いを預けるのにふさわしい相手だったのです。硬く冷たいはずの石が、人の思いを受け止める温かい器になる。盛岡の街を歩けば、城の石垣も、石橋も、道端の古い石碑も、みなこの土地と石の長い付き合いの証しです。石を見上げ、石に手を合わせてきた歴史が、岩手という名の底に、今も静かに流れています。硬い石を怖れ、石に守られ、石とともに生きる。盛岡の風景は、そんな人と石との長い対話の積み重ねでできあがっています。巨石を見上げる盛岡の春は、そのまま、この土地と石の物語を読み返す時間でもあるのです。
石の国の、火の店から
岩手・盛岡のD'STYLEは、石の国の火と蒸気の店として、今日も石を積んでいます。春は石割桜を見上げてから、店へどうぞ。ご相談、いつでもお待ちしています。
写真: Miyuki Meinaka (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



