盛岡の官庁街、裁判所の前に、春になると人だかりのできる一角があります。周囲二十メートルを超える花崗岩の巨石。その真ん中にざっくり走る割れ目から、一本の桜が空へ立ち上がっている。石割桜です。今日は北東北・岩手編、盛岡の春の主役の話。
岩を割ったのは、氷と根の連携でした
なぜ桜が石の中から生えているのか。定説はこうです。巨石にもともとあった小さな割れ目に水がしみ、盛岡の冬の凍結で氷がくさびとなって割れ目を少しずつ広げた。そこへ桜の種が入り込み、芽生えた根が成長の力でさらに岩を押し広げていった。水が凍るときの膨張の力は、岩をも割る。北国の凍害と同じ物理現象が、ここでは一本の名木を生みました。凍ることが破壊ではなく創造に働いた、なんとも岩手らしい春です。国の天然記念物に指定されたのは大正12年(1923年)。今も毎年、巨石の上いっぱいに薄紅の花を咲かせます。
エドヒガンという、長寿の桜
石割桜は、ソメイヨシノではなく、エドヒガンという種類です。エドヒガンは桜のなかでもとりわけ長命で、全国の樹齢千年級の名桜の多くがこの種。石割桜も樹齢三百五十年を超えると伝えられます。花は白に近い淡い紅色で、葉より先に咲くので、木全体が薄紅の霞のように見える。過酷な石の割れ目に根を張って、これだけ長く花を咲かせ続ける生命力そのものが、見る人の背筋を伸ばします。厳しい場所ほど、粘り強い木が似合うのです。
石は、ためこむ材質である
この桜のそばに立つと、花崗岩の巨石が春の日ざしでほんのり温かいことに気づきます。石は熱をためこむ材質です。日中の陽をたっぷり蓄えて、夕方までゆっくり手放す。桜の根元の雪が周りより早く消えるのも、この蓄熱のおかげと言われます。サウナストーンやソープストーン(こちら)が愛される理由と、まったく同じ性質です。石割桜は、岩手の巨石が長い時間をかけて営む、天然の蓄熱と生命の共同作業なのです。
春の盛岡、歩きの名コース
石割桜の見頃は四月中旬。盛岡は歩ける街で、石割桜から盛岡城跡公園の石垣とソメイヨシノ、北上川べり(こちら)、そして材木町へと、桜と石と川を半日で巡れます。城跡の高台から見上げる岩手山と桜の取り合わせは、盛岡の春の絵はがきそのもの。歩き疲れた体を、夜は温かい部屋でほどく。春先の盛岡はまだ冷えるので、火のある店や宿が恋しくなる。それもまた、北国の花見の味わいです。
名木を、支える人の手
三百五十年の老桜が今も咲くのは、自然の力だけではありません。石の割れ目というきびしい住まいで長く生きる木には、人の手入れが欠かせない。土を養い、傷んだ枝を手当てし、根を踏み固めないように見守る。盛岡の人々は、この木を街の宝として代々世話してきました。花の時期には見守りの人が立ち、子どもたちが写生に訪れ、卒業や入学の記念写真の背景になる。石割桜は、ただの古木ではなく、街のみんなで育てている一本なのです。名木のそばには、必ず、それを愛して手をかける人がいる。花の見事さの裏にある、その静かな手つきごと、春に会いに行きたい木です。人と木が、長い時間をかけて交わす約束の形が、あの一本には咲いています。石を割った桜の粘りと、桜を守る人の手。そのどちらが欠けても、あの花は見られません。
石と熱の店から、春のご挨拶
石の蓄熱を、暮らしの気持ちよさに変えるのが私たちの仕事です。岩手・盛岡のD'STYLEは、サウナストーンをたっぷり積むハルビアのサウナヒーターをおすすめしています。石割桜の帰り道、石と熱の話をしに店へどうぞ。
写真: 掬茶 (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



