絵本の火の話(こちら)の大人版として、今日は名画の中の火の話をします。美術に詳しくなくて大丈夫。「画家たちは、なぜこんなに火と灯りを描いたのか」を知ると、美術館も、そして自宅の薪ストーブの前も、少し違って見えてきます。

洞窟から始まった、火のそばの絵
そもそも人類最古の絵画、ラスコーやアルタミラの洞窟壁画は、松明やランプの火のそばで描かれ、火の灯りで見られた絵です。ゆらめく灯りの下では、壁の牛や馬が動いて見えたはずだ、と言われます。絵画は、誕生の瞬間から火と一緒だった。美術と火の付き合いは、それほど古いのです。
灯りを描いた巨匠たち
時代が下って、巨匠たちは灯りの表現を競いました。レンブラントやラ・トゥールは、蝋燭ひとつの光が闇に浮かべる顔を描き、「光の画家」と呼ばれました。あの絵の深い陰影は、電灯の均一な明るさでは決して生まれない、炎の光の世界です。ミレーの「晩鐘」の夕暮れ、ゴッホの「夜のカフェテラス」のガス灯の黄色と夜の青。名画の中の灯りに心を打たれるのは、私たちの体が、火の光の色をあたたかさとして記憶しているからだと思います。画集を一冊、火のそばの本棚にどうぞ。炎の灯りで眺める灯りの絵は、格別です。(暗さと灯りの話は、こちら。)
ターナーが描いた、燃える光
火そのものを主役にした絵もあります。イギリスの画家ターナーは、一八三四年にロンドンの国会議事堂が炎上した夜、テムズ川のほとりでその大火を目に焼きつけ、燃え上がる炎と、水面に映る赤い光を、荒々しい筆で描き残しました。恐ろしくも美しい、火のエネルギーそのものの絵です。火は、あたたかい団らんの光にもなれば、畏れるべき力にもなる。画家たちは、その両方の顔に惹かれ続けてきました。薪ストーブの扉の中で踊る炎にも、実は、この二つの表情が同居しています。
火を囲む人を、描いてきた
世界のどの土地の絵にも、火を囲む人の姿があります。暖炉のそばで編み物をする母、焚き火を囲む羊飼い、囲炉裏端で繕いものをする祖母。日本の浮世絵にも、火鉢に手をかざす人、行灯のそばで文を読む人が、繰り返し描かれてきました。火のまわりには、いつも人が集まり、その団らんこそが絵になる。画家たちは、暖かさと安らぎの記号として、火を描いてきたのだと思います。あなたの家のストーブの前の光景も、そのまま一枚の、心温まる風俗画です。絵の中の火は、ただの背景ではありません。多くの場合、その一枚の光の源であり、人々の視線と心が集まる中心です。画家は火を描くことで、そこに集う人の表情に、いちばん柔らかな光を当てました。暗い部屋にひとつの火があるだけで、絵はぐっとあたたかくなる。それは、暗い家にひとつの薪ストーブがあるだけで、暮らしがあたたかくなるのと、まったく同じことです。名画が教えてくれるのは、火が人にとって、ずっと安らぎの中心だったという事実です。
わが家の炎は、毎晩の一枚
そして、気づくのです。薪ストーブのガラスの向こうの炎は、額縁に入った動く絵画だということに。オレンジの濃淡、火の粉の点描、熾火の赤の残照。同じ絵は二度と描かれず、毎晩、新作がかかる。美術館の警備員のように椅子に座って、今夜の一枚を眺める。火のある家の夜は、小さな個展の夜です。ロウリュの蒸気が窓の外の雪に消えていく様も、サウナ小屋の窓の額縁の中の一枚です。(窓の額縁の話は、こちら。)
毎晩の新作を、あなたの家に
岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーンやバーモントキャスティングスの大きなガラス窓の薪ストーブと、ハルビアのサウナで、毎晩の一枚のある暮らしをお手伝いしています。世界にひとつの動く絵画、据え付けます。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: David Haile (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



