十二月に入ると、歩数計の線が落ちます。雪と寒さで、外を歩く時間がまるごと消える。そのぶんサウナで、と考えたくなる季節です。フィンランドの男性2,291人を26年あまり追いかけた研究は、体力とサウナ頻度を掛け合わせて解析していました。比較の土台となる組を除いた三つのうち、ひとつだけ、はっきりした線が引けなかった組があります。「体力は低いが、サウナにはよく入る」でした。
冬になると、歩数の線が落ちる
一月の盛岡です。朝、玄関を開けると、まだ外は暗い。息が白くなる。用がなければ、その日はもう外へ出ません。
夏のうちは夕方に近所を一周していました。冬は、その一周がまるごとなくなります。スマートフォンに残った歩数の記録を月ごとに並べてみると、線が落ちるのは十二月から。三月の終わりまで、戻ってきません。特別に怠けているわけではないのです。ただ寒くて、ただ暗くて、道が凍っている。それだけで、体を動かす時間は減っていきます。岩手の冬は、そういう季節だと思います。
歩かなくなる理由は、意志の弱さではありません。歩道の雪は昼のうちに少し溶けて、夜のあいだに固まります。朝いちばんは、そこが滑る。転んで骨を折れば、そのあと何か月も動けなくなる。だから外に出ないという判断は、年配の方ほど理にかなっています。買い物も、夏なら歩いて行けた店まで車を出す。駐車場から入口までの数十歩しか歩かない日が、何日も続きます。
だから、こう考える方がいます。外を歩けないぶん、サウナに入ればいい。汗をかいて心拍も上がるのだから、運動の代わりになるのではないか。ショールームでも、雪が降りはじめる頃になると、似た趣旨のご質問をいただきます。
この問いに、正面から答えようとした研究があります。体力とサウナの頻度を掛け合わせて解析したもので、そこから読み取れたのは「代わりになる」という話ではありませんでした。

2,291人を26年。体力とサウナを掛け合わせた解析
舞台はフィンランド東部。42歳から61歳の男性2,291人を、中央値で26.1年追いかけた解析です。2018年のProgress in Cardiovascular Diseases誌(60巻6号635-641ページ)に、「Combined Effect of Sauna Bathing and Cardiorespiratory Fitness on the Risk of Sudden Cardiac Deaths in Caucasian Men: A Long-term Prospective Cohort Study」という題で報告されました。四半世紀を超える追跡のあいだに、心臓突然死は226件記録されています。
中央値で26.1年、というのは、全員をちょうど26.1年見たという意味ではありません。追跡できた長さを短い順に並べたとき、ちょうど真ん中に来た人が26.1年だった、ということです。四十代で参加した方が、七十代に入るまで記録され続けた計算になります。一人の冬が二十六回ぶん、記録に残っていると考えてもよいと思います。
この研究が他と違うのは、サウナの頻度だけを見ていない点です。参加者は心肺体力も測られていて、その体力とサウナ頻度を掛け合わせ、四つの組に分けて比べています。心肺体力というのは、体を動かし続けたときに、心臓と肺がどれだけ酸素を送り届けられるかの目安です。坂道を上がって息が切れるまでの余裕、と考えていただくと近いと思います。
体力が低く、サウナも少ない組を基準の1.00と置くと、報告されていた数字はこうでした。
✓ 高体力+高頻度 → ハザード比0.31(95%信頼区間0.16-0.63) ✓ 高体力+低頻度 → 0.49(0.34-0.70) ✓ 低体力+高頻度 → 0.71(0.45-1.10)
基準の組は1.00と置かれた比較の土台なので、上の三つはいずれも「基準の組に対してどうだったか」を表しています。数字が小さいほど、基準の組にくらべて心臓突然死が少なかったという関連を示します。
ハザード比という言葉は、日常では使いません。追跡している期間のあいだに、その出来事がどれくらいの起こりやすさだったかを、基準の組と比べた比率だと思ってください。0.31なら、基準の組のおよそ三割。0.71なら、およそ七割。1.00より小さければ少なめ、大きければ多め。そういう読み方になります。
括弧の中の95%信頼区間は、その数字がどれくらいの幅で揺れうるかを示したものです。同じような調査を何度も繰り返したとしたら、本当の値はおおむねこの幅の中に収まるだろう、という範囲だと考えてください。人数が少なかったり、出来事の件数が少なかったりすると、この幅は広がります。中央の数字だけを見て、幅を読み飛ばすと、話が変わってしまいます。
線が引けなかったのは、どの組だったか
三つの数字のうち、二つには「1」をまたがない幅がついています。0.31の幅は0.16から0.63。0.49の幅は0.34から0.70。どちらも上限が1に届いていません。
「1をまたぐかどうか」を気にする理由を、少しだけ説明します。1というのは、基準の組と同じ、という意味の数字です。幅の中に1が入っていれば、「基準の組と変わらなかった」という結末もまだ残っている、ということになります。幅の全体が1より下に収まっていれば、その可能性は薄いと読みます。物差しの目盛りに1という線が引いてあって、幅がその線をまたいでいるかどうかを見る。そんな図を思い浮かべていただくと分かりやすいかもしれません。
けれども、低体力+高頻度の0.71だけは、幅が0.45から1.10です。上限が1を超えている。統計の言い方では有意差なし。平たく言えば「基準の組と差があるとまでは言えなかった」ということになります。
ここで、もうひとつ添えておきます。この0.71の幅は、下限が0.45です。つまり、差がなかったと確かめられたわけでもありません。有意差がつかなかったということと、関係がないと分かったということは、別の話です。幅が広いまま、どちらとも言い切れなかった。それがこの組の結果です。
サウナによく入っていても、体力が低い組では、はっきりした線が引けなかった。一方で、体力が高い組は、サウナが少なくても0.49という数字で、基準の組より低い関連が示されていました。いちばん小さい0.31が出たのは、高体力と高頻度が揃った組です。
念のため、線の引きかたをはっきりさせておきます。0.49と0.71を並べて「こちらのほうが効いている」と言うためには、本来は組と組の差そのものを検定する必要があります。私たちが参照している範囲に、その交互作用の検定結果までは示されていません。交互作用というのは、体力とサウナ頻度という二つの条件が、互いに響き合っていたかどうかを統計として確かめる手続きのことです。読み取れるのは、原著が結論として置いた範囲、つまり「体力が高く、サウナにもよく入る組で、心臓突然死がいちばん少なかった」というところまでです。この並びを見て、サウナは運動の代わりというより運動の上に重なるもののように思える、というのが私たちの受け取り方ですが、それは研究が証明したことではありません。

この数字を、そのまま自分に当てはめてよいか
大事な断りを、まとめて入れておきます。
これは観察研究です。観察研究というのは、こちらから何かをしてもらうのではなく、それぞれの人がもともと持っている習慣をそのまま記録して、長く追いかけて比べる方法をいいます。サウナに入る組と入らない組を、くじ引きで分けたわけではありません。ですから、因果関係を示すものではありません。もともと体が丈夫だからサウナにも通えた、という向きの説明も消せない。逆に、体調を崩した方はその年からサウナが遠のいていたかもしれない。数字は「関連」までしか語らない、と読むのが正直なところだと思います。
対象にも幅があります。参加者はフィンランド東部の男性で、参加した時点で42歳から61歳。女性は含まれていません。日本で暮らす方、それも七十代八十代の方に、この数字がそのまま当てはまるとは考えないほうがいいと思います。サウナの入り方も、あちらは家にサウナがあることが珍しくない土地です。前提から違います。
数字の大きさについても、ひとこと。これは組と組を比べた相対的な比率であって、一人ひとりの見通しを言い当てたものではありません。26年という長い年月をかけて、2,291人の中で226件。0.31という数字を見て、自分の身に起きることが三分の一になる、と受け取るのは行きすぎです。ある集団を長く追いかけたら、こういう並びになった。そこまでが、この研究の言えることだと思います。
それでも、この並びには読む値打ちがあると思っています。四半世紀という長さは、そう簡単に用意できるものではありません。線を引ける場所と、引けない場所が、はっきり分かれて見えている。だから私たちも、引けない場所を引けたことにしないで紹介したいのです。
薪の暮らしにある、細切れの運動
では、冬の岩手で「上乗せの下に敷く運動」を、どこから持ってくるか。
薪ストーブのある家に、ひとつの答えがあると思っています。薪ストーブの暮らしは、こまかい体仕事の集まりです。薪棚から一抱え運んで、玄関を開けて、ストーブの脇に積む。朝と晩で二往復、来客があればもう一往復。灰が溜まれば灰受けを外して、外の灰捨て場まで持っていく。春と秋には、一年分の薪を割って積み直す。ひとつひとつは10分もかからない作業です。それが毎日、シーズンのあいだ続きます。
一抱えの薪は、それなりの重さになります。それを持って、雪を踏んで、玄関の段差を上がって、また外へ戻る。重いものを抱えて歩く動きは、平らな廊下を手ぶらで歩くのとは、体の使い方が違います。しゃがむ、持ち上げる、向きを変える、また下ろす。歩数計を眺めているだけでは出てこない動きが、そこには入っています。
ペレットストーブなら、ペレットの袋を車から下ろして、玄関を通って、タンクへ空ける。薪割りがない分だけ手数は減りますが、袋を持って運ぶ往復は残ります。腕と腰を使うところは、薪と変わりません。
歩数計には、たいした数字が残りません。それでも、体を起こして、持って、運んで、また戻る。この細切れの往復が冬の生活に何度も挟まっているかどうかで、三月末の体は少し違ってくるように思います。これは研究が示したことではなく、雪国で薪の家を見てきた私たちの実感です。
ひとつだけ、分けて考えていることがあります。雪かきです。あれは日常の細切れの運動というより、急に強い負荷がかかる作業だと思います。冷たい空気の中で、暖まっていない体を、いきなり全身使う。ひと晩でまとまって積もった朝に、朝食も食べずに一気に片づけようとする。同じ「冬の運動」として一括りにしないほうがいい、というのが私たちの考えです。雪かきを終えてそのまま熱いサウナへ、という流れも、私たちはおすすめしていません。息を整えて、水を飲んで、それからです。

上に乗せる、という順番で組み立てる
そのうえで、順番の話をします。
研究の中でいちばん数字が小さかったのは、体力と頻度が揃った組でした。ということは、家にサウナを置くかどうかを考える前に、冬でも体を動かす形が生活の中にあるかどうかを、先に見たほうがいい。薪でも、屋内の階段でも、買い物の歩きでもかまわないと思います。その上に、サウナが乗る。
自宅サウナの強みが出るのは、この「上に乗せる」ところです。施設まで車で三十分かかると、雪の日はまず行きません。行かない日が二日続けば、三日目はもっと足が向かなくなる。庭の小屋なら、薪を運んだ足でそのまま入れる。続けやすさというのは、意志の強さの話ではなく、動線の長さの話だと思っています。
設置のご相談で私たちが最初に図面を引くのも、たいてい玄関からサウナまでの線です。着替えはどこでするか。雪の日に外を何歩通ることになるか。出たあと、体を冷ますのはどこか。薪を運ぶ道と、サウナへ向かう道は重ねられるか。そのあたりを先に決めておくと、機種の大きさや置き場所も自然に絞れてきます。冬に歩数が落ちる岩手で家庭用サウナの設置を考えるなら、機種選びより先に動線から見るやり方をおすすめします。
もうひとつ。持病のある方、血圧の薬をはじめ何かを服用している方は、サウナの利用について主治医に相談してください。何分まで、何度まで、水風呂は使ってよいか。診察のときにその三つを聞いておくだけで、家での使い方はずいぶん決めやすくなります。飲酒後に入らないこと、水分をとってから入ること、ひとりきりで長く入らないこと。ここは温度設計より先に決めておく約束事です。

私たちD'STYLEは、岩手・盛岡で薪ストーブとペレットストーブ、そして家庭用サウナを扱っています。冬に歩数が落ちる土地で、薪を運ぶ手間を面倒ではなく生活の一部として持ち続けている家を、いくつも見てきました。研究の数字が、その暮らしを保証してくれるわけではありません。それでも、体を動かす形が先にあって、その上に温まる時間が乗る。この順番は、覚えておいて損がないように思います。
庭のサウナ小屋、ハルビアの電気サウナストーブSOPO(ソポ)のように家庭で扱いやすい機種、蓄熱してじわりと熱を返すサウナストーン、鋳物の薪ストーブが返す柔らかい熱。盛岡で家庭用サウナの設置をお考えの方には、薪ストーブやペレットストーブと合わせての検討もおすすめします。ご相談は、動線から一緒に考えます。盛岡のショールームでお待ちしています。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。
参照した研究
- Laukkanen JA, Laukkanen T, Khan H, Babar M, Kunutsor SK. Combined Effect of Sauna Bathing and Cardiorespiratory Fitness on the Risk of Sudden Cardiac Deaths in Caucasian Men: A Long-term Prospective Cohort Study. Progress in Cardiovascular Diseases. 2018 Mar-Apr;60(6):635-641(男性2,291人・42〜61歳・中央値26.1年追跡・心臓突然死226件。観察研究)
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



