もしあなたがドイツで薪ストーブを設置したら、国家資格を持つ検査官が家に来ます。検査に合格するまで、火を入れることは許されません。
もしフランスで買うなら、ストーブに付いた星の数を見ます。星が7つなら、国の補助の対象になります。
もしアメリカなら、そのストーブは「排気に含まれるチリの重さ」の連邦基準に合格した機種です。合格していない新品は、そもそも売られていません。
では、日本では。
薪ストーブの煙突に特化した強制規格は、ありません。この国では、薪ストーブの安全は法律のかわりに、施工する業者の腕と良心が支えています。今日はまず世界の基準を一周して、それから日本の話をします。
ヨーロッパ:EN規格という共通言語
ヨーロッパでは、薪ストーブと煙突はEN規格(欧州規格)という共通のものさしで作られています。柱になるのは三つです。
EN 13240:ストーブ本体の試験
熱効率、一酸化炭素の排出量、まわりの壁がどこまで熱くなるか。ストーブ本体を実際に燃やして測る試験規格です。これに合格してCEマークを取らなければ、ヨーロッパでは薪ストーブを販売できません。さらに2022年からはエコデザイン規則という排気の基準が上乗せされ、煙に含まれる粒(チリ)は排気1立方メートルあたり40mgまで、と定められました。40mgは、お米2粒ほどの重さです。煙突から出る空気1,000リットルの中に、米2粒分のチリしか許されない。それが今のヨーロッパの水準です。
EN 13384:煙突は「計算して」設計する
煙突の高さと太さと断熱を、勘や経験ではなく物理計算で決めるための規格です。外の気温、煙の温度、曲がりの数を入れると、その煙突がきちんと引くかどうかが数字で出ます。ヨーロッパでは、この計算に基づく設計が求められます。煙突は「付けるもの」ではなく「設計するもの」だ、という考え方がここに表れています(ドラフト計算の考え方は煙突のドラフトの技術ページで扱っています)。
EN 1856:煙突部材そのものの試験
金属煙突の製品規格です。たとえばT450という表示は「450℃の排気に常時耐える」という等級。Gという記号は煤火試験、つまり煙突の中でクレオソートが燃える煙道火災を想定して、約1,000℃・30分の加熱に耐えたという印です。当社が標準で使う断熱二重煙突も、この1,000℃・30分試験に通った構造のものです。
ドイツ:煙突掃除人は、国家資格の検査官
ドイツには、ショルンシュタインフェーガー(Schornsteinfeger)という国家資格があります。日本語にすれば煙突掃除人。ただし仕事は掃除にとどまらず、法律で建物の暖房設備を検査する権限を持つ、準公務員のような存在です。
新しく薪ストーブを設置すると、この検査官の検査が義務です。合格するまで使用許可は下りません。使い始めてからも、定期的な点検と清掃が法律で続きます。「業者にうまくやってもらう」のではなく「第三者が検査する」。この仕組みが、ドイツの薪ストーブ文化の土台にあります。
排気の規制も厳格です。連邦排出保護令(BImSchV)が煙のチリと一酸化炭素の上限を定めていて、基準は段階的に引き上げられてきました。古い基準しか満たせないストーブには使用期限が区切られ、期限を過ぎた機器は改修するか、引退させるかを迫られます。ドイツでは、ストーブは車と同じで「車検に通らなくなったら乗れない」道具なのです。
アメリカ:チリの重さを、1時間単位で規制する
アメリカの柱は三つあります。
一つ目はEPA(環境保護庁)の排出基準です。2020年5月以降に製造される薪ストーブは、排気に含まれる粒子状物質(チリ)が1時間あたり2.0g以下(実際の薪で試験する方式では2.5g以下)でなければなりません。2.0gは1円玉2枚分の重さです。ストーブを1時間焚いて、外に出てよいチリは1円玉2枚分まで。世界でも指折りに厳しい基準で、これに合格しない新品ストーブは全米で販売できません。
二つ目はNFPA 211。煙突と暖房設備の設計・施工・維持管理の規格で、煙突の最低高さ、可燃物からの離隔距離、そして年1回の点検までが書かれています。「煙突は毎年見るもの」が、規格の文章として存在しているわけです。
三つ目はUL 103HT。断熱二重煙突の製品安全規格で、HT(高温)等級の試験では約1,150℃・10分の加熱に3回耐えることが求められます。煙道火災が起きてもなお家を守る、という思想の試験です。
カナダとフランス:寒さと、ごほうび
カナダにはCSA B415.1という独自の排出・性能基準があります。内容はEPAに近い厳しさですが、極寒の国らしく、火を細く絞った低出力運転のときの排気まで試験するのが特徴です。薪ストーブがいちばん煙を出しやすいのは、実は弱火のときだからです(理由は燃焼の原理の話で書きました)。
フランスは、規制に「ごほうび」を組み合わせました。フラム・ヴェルト(Flamme Verte=緑の炎)という認証で、排気のきれいさと熱効率によって星の数が決まります。最高は7つ星。星の付いた高性能機を選ぶと、国の住宅改修補助(MaPrimeRénov')の対象になります。罰則で縛るかわりに、良い機械を選んだ人が得をする仕組みです。
世界のものさしを、一枚で
| 国・地域 | 主な仕組み | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| ヨーロッパ | EN 13240/エコデザイン規則/EN 13384/EN 1856 | 本体も煙突も、試験と計算に合格しないと売れない |
| ドイツ | BImSchV+国家資格の煙突掃除人 | 第三者の検査に合格しないと、使えない |
| アメリカ | EPA排出基準/NFPA 211/UL 103HT | 排気はチリ1円玉2枚分まで。点検は年1回 |
| カナダ | CSA B415.1 | 弱火のときの排気まで試験する |
| フランス | Flamme Verte(星認証) | 星の数で補助金が変わる |
| 日本 | 建築基準法の防火規定+業界の自主基準 | 煙突に特化した強制規格はない |
※ 2026年時点の概要です。数値・制度の詳細は各国の原文(EN規格書、米国連邦規則、各認証機関の公表資料)に基づきますが、改定されることがあります。
日本:法律の空白を、誰が埋めるのか
日本の建築基準法にも、防火の規定はあります(施行令第115条など)。煙突を可燃物からどれだけ離すか、貫通部に不燃材料を使うこと。そうした最低限の防火要件です。
ただし、そこまでです。煙突の引きを計算で確かめる義務も、排気のチリの上限も、第三者の検査も、資格のない業者の施工を止める仕組みもありません。日本暖炉ストーブ協会が自主的な施工ガイドラインを作っていますが、従うかどうかは業者しだいです。
つまり日本では、極端に言えば、誰でも薪ストーブを施工できてしまいます。ドイツなら検査で止まる施工が、日本では止まりません。
この空白は、使う人にとってどういう意味を持つでしょうか。
「どの業者に頼むか」が、そのまま安全性能になる、ということです。世界の基準を知っている業者は、法律に求められなくても計算し、試験に通った部材を選び、毎年の点検を勧めます。知らない業者は、動いているからいいでしょう、で終わります。同じ日本の空の下で、ドイツ水準の家と、無法状態の家が並んで建つ。それが日本の現状です。業者の見分け方は業者の選び方に書きました。
当社は、世界の基準を自分の物差しにしています
当社は日本暖炉ストーブ協会の会員です(平成29年入会・岩手県内の施工販売会社として初)。施工はENやNFPA、ULといった国際基準を踏まえて行い、標準の断熱二重煙突には1,000℃・30分の煤火試験に通った構造のものを使っています。
代表の橋本は、英国RODTECH社認定の煙突掃除安全インストラクターの東北第一号で、ダッチウエストの米国バーモント州本国研修も受けています。煙突掃除の道具と手順を海外から直接学んだのは、日本に「これでよし」と言ってくれる法律がない以上、世界の基準を自分の物差しにするしかないと考えたからです。
法律がない国で薪ストーブを楽しむいちばんの近道は、法律のある国の水準で入れることです。そのための相談は、いつでも受けています。