薪ストーブの前に座って、炎をじっと見たことはありますか。よく見ると、少しおかしなことに気づきます。炎は、薪にぴったりくっついていない。薪の少し上で、宙に浮かぶように揺れています。
薪と炎のあいだに、すき間がある。なぜでしょう。
答えを先に言います。燃えているのが木ではなく、木から出てきたガスだからです。薪ストーブは、木を熱してガスを作り、そのガスを燃やす道具です。ガスコンロと、思っているよりずっと近い仲間です。
今日はこの話を、温度計の目盛りを一つずつ上がっていくように説明します。100℃、250℃、300℃、600℃、900℃。それぞれの温度で、炉の中では別々の出来事が起きています。この温度の地図が頭に入ると、焚き付けのコツも、煙が出る理由も、クリーンバーンや触媒という言葉の意味も、全部ひとつながりに見えてきます。
準備:温度とは、粒のふるえのはげしさ
本題の前に、道具になる知識をひとつだけ。「温度とは何か」です。
ものはすべて、分子というとても小さな粒でできています。この粒は、じっとしていません。いつも細かくふるえています。温度が高いというのは、このふるえが激しいということです。氷を温めると水になり、水を温めると湯気になるのは、ふるえがどんどん激しくなって、粒どうしの手のつなぎ方がほどけていくからです。
木も同じです。熱してふるえを激しくしていくと、木の分子はやがて、つないでいた手がちぎれて、ばらばらになります。何℃で、どの手がちぎれるのか。それが薪ストーブのすべての出発点です。
100℃:まず、水との戦い
薪に火をつけて最初に始まるのは、乾燥です。
薪の中には水が入っています。しっかり乾かした薪でも、重さのおよそ2割は水です。1kgの薪なら、コップ1杯分(約200g)。伐ったばかりの生木なら重さの半分近くが水で、500mlのペットボトル1本分をこえます。
水は100℃で水蒸気になります。ここで大事なのは、水を沸かす熱と、水を蒸発させる熱は別もので、蒸発のほうがずっと大きい、ということです。コップ1杯の水を0℃から100℃まで沸かす熱を1とすると、その水を全部湯気に変えるには、さらに5倍以上の熱が要ります。やかんのお湯がなかなか蒸発しきらないのは、このためです。
つまり火は、燃え広がる前に、まず水を追い出す大仕事に体力を取られます。湿った薪がいつまでもくすぶって、シューシュー音を立て、ガラスが黒く曇るのは、火の熱が水との戦いに使われて、次の段階へ進めないからです。薪を1年から2年乾かすのは、この戦いを短くするためです(くわしくは薪の科学の話へ)。
250℃:木が、ガスに変わりはじめる
水が抜けて、木の温度がさらに上がると、200℃を過ぎたあたりから木の中で静かな事件が始まります。熱分解といいます。
木の主な材料は、セルロースという繊維です。ブドウ糖(お砂糖の仲間)が何千個も、鎖のようにつながってできています。木の幹とは、この鎖をぎっしり束ねたものです。
では、なぜ100℃では木は分解しないのでしょうか。
粒と粒をつなぐ手(化学の言葉で結合といいます)をちぎるには、決まった強さのふるえが必要だからです。100℃のふるえは、木にしみ込んだ水の粒を追い出すには足りても、鎖の手をちぎるには足りません。200〜250℃あたりで、まず鎖の弱い部分(ヘミセルロースという成分)の手がちぎれ始め、300℃をこえると主役のセルロースの鎖が本格的にばらばらになります。
ちぎれてできた小さな分子は、軽いので気体になって木の外へ飛び出します。一酸化炭素、メタン、水素、それにタールと呼ばれる細かい粒。実は、これが煙の正体です。煙とは、木が姿を変えた「燃える気体」なのです。
台所でも同じことが起きています。トーストを焦がしたときの茶色や黒は、パンの糖の鎖が熱でちぎれた跡です。あの焦げた匂いは、パンから飛び出したガスの匂い。木の熱分解の、小さな親戚です。
300℃:ガスに火がつき、炎になる
木から出たガスは、まわりの空気と混ざります。そこに約300℃の熱と火だねがあると、ガスは空気中の酸素と勢いよく結びついて、燃え始めます。マッチや焚き付けの小さな火は、この「火だね」の役目をしています。
燃えるとは、何が起きているのでしょうか。ガスの中の炭素や水素が、酸素と結びついて、二酸化炭素と水に変わることです。このとき、しまい込まれていたエネルギーが光と熱になって飛び出します。それが炎です。
ここで思い出してほしいことがあります。木は、光合成で作られました。葉っぱが太陽の光を使って、空気中の二酸化炭素と水から糖を作り、それを何十年も積み上げたのが幹です。燃焼は、その逆回しです。木にしまい込まれていた太陽のエネルギーが、何十年ぶりかに光と熱に戻る。薪ストーブの炎は、いわば太陽の缶詰を開けている姿です。
そして、冒頭の謎が解けます。炎が薪から浮いて見えるのは、燃えているのがガスだからです。ガスは木の表面から飛び出して、空気とほどよく混ざったところで燃えます。薪と炎のあいだのすき間は、ガスがまだ空気と混ざりきっていない場所です。
ろうそくも、まったく同じ仕組みで燃えています。燃えているのは、芯の熱で気体になったロウです。理科の実験で、炎の根元にガラス管を差し込むと、白い煙(ロウの気体)を横から取り出せて、その先に火をつけることさえできます。
よく乾いた薪は、重さのおよそ8割が、こうして一度ガスになってから燃えます。木のかたまりが直接燃えているように見えて、実際の主役は目に見えないガスです。
煙が出るのは、ガスが燃えきれなかったとき
ここまでは、うまくいった場合の話です。
ガスが燃えきるには、3つの条件がそろう必要があります。じゅうぶんな温度。じゅうぶんな空気(酸素)。そして、燃えきるまでの時間。燃焼の教科書で「3つのT」と呼ばれる決まりです(Temperature=温度、Turbulence=かき混ぜ、Time=時間)。
どれか一つでも欠けると、ガスは燃えきらないまま煙突へ逃げていきます。それが、もくもくと見える煙です。燃料を捨てているのと同じで、もったいない。それだけでは済みません。燃え残りのタールは、冷たい煙突の内側に触れると冷えて貼りつき、クレオソートという黒いかたまりになります。これがたまると、煙突の中で燃え出す煙道火災の燃料になります(くわしくは煙道火災の話へ)。
焚き火が煙いのは、この3つがそろわないからです。ガスの出る場所の温度が低い。空気がうまく混ざらない。混ざる前に、ガスが上へ逃げてしまう。昔の薪ストーブも、程度の差はあれ同じ弱点を抱えていました。
では、逃げていく煙をつかまえて、燃やしきることはできないでしょうか。
ここからが、現代の薪ストーブの話です。
600℃:煙をもう一度燃やす。クリーンバーン
現代の薪ストーブの炉の中を、のぞいてみてください。天井の近くに、小さな穴がたくさん開いた金属の管が通っているはずです。ここから、空気を送り込みます。
この空気には、仕掛けがあります。ストーブの壁の中の通り道を通るあいだに、数百℃まで温められているのです。
なぜわざわざ温めるのか。煙のガスがもう一度燃え出すには、およそ600℃の温度が必要だからです。冷たい空気をそのまま吹き込むと、せっかく高温になった煙が冷やされて、燃える温度を下回ってしまいます。だから空気のほうを先に熱くしておいて、煙の温度を落とさずに酸素だけを届けるのです。
600℃という数字を、身近な温度と並べてみます。天ぷら油が180℃。ピザ窯がおよそ400℃。600℃はさらにその上で、炉の中にだけ作れる特別な高温です。ここに熱い空気が噴き込まれると、逃げかけていた煙は、薪から離れた宙で、ゆらゆらとオーロラのような炎になって燃えつきます。これがクリーンバーン(二次燃焼)です。薪ストーブのガラス越しに見える、いちばん美しい炎です(二次燃焼の読みものもどうぞ)。
炉の天井にあるバッフルという板は、煙の通り道をわざと遠回りにするための仕切りです。3つのTの最後のひとつ、「時間」をかせいでいます。温度、かき混ぜ、時間。教科書の3条件を、鉄の箱の中で全部そろえる。クリーンバーンとは、その工夫の積み重ねです。
260℃:触媒という近道
煙を燃やすもう一つの方式が、触媒式です。
触媒とは、自分は変化せずに、まわりの化学反応を助ける物質のことです。薪ストーブの触媒は、ハチの巣のような形のセラミックに、白金やパラジウムという金属がうすく塗られたものです。煙がこの巣の穴を通り抜けるとき、金属の表面がガスと酸素の出会いを助けて、本来600℃必要な燃焼が、約260℃から始まります。
山越えの道に、トンネルを掘るようなものです。山の高さ(必要な温度)を越えなくても、向こう側(燃えたあと)へ抜けられる近道を作る。化学の言葉では「活性化エネルギーを下げる」といいます。体の中の消化酵素も、車の排気ガスを掃除するマフラーの中の装置も、同じ触媒の仲間です。
260℃で煙が燃えるということは、火を細く絞って、とろとろと静かに焚いている夜のあいだも、煙を燃やし続けられるということです。触媒式のストーブが長時間燃焼を得意とするのは、この仕組みのおかげです。かわりに触媒は働きながら少しずつ古びていく消耗品で、定期的な点検と、数年ごとの交換が要ります(くわしくは触媒の話へ)。
クリーンバーンと触媒。方式は違っても、目指す場所は同じです。木から出たガスを、一つ残らず燃やしきること。
900℃:炎が消えたあとの、熾の時間
ガスを出しつくした薪は、黒い炭のかたまりになります。ここからが燃焼の最終章です。
炭の主成分は、ほぼ純粋な炭素です。もう飛び出すガスは残っていません。今度は炭の表面で、炭素が酸素と直接結びついて燃えます。炎はほとんど立たず、オレンジ色に光りながら、静かに、長く、燃え続けます。熾(おき)です。表面の温度は800〜900℃に届きます。
炎が踊っている時間はガスの燃焼。熾が静かに光る時間は炭素の燃焼。薪ストーブの一晩は、この二つの燃焼のリレーでできています。ちなみに料理をするなら、火力の安定した熾の時間が本番です。
温度の地図
ここまでの旅を、一枚にまとめます。
| 温度 | 炉の中で起きていること |
|---|---|
| 〜100℃ | 薪の中の水が湯気になって抜けていく。火の体力がいちばん奪われる区間。 |
| 200〜300℃ | 木の繊維の鎖が熱でちぎれ、燃えるガスが飛び出しはじめる(熱分解)。 |
| 約300℃ | ガスが空気と混ざり、火だねを得て炎になる。薪の重さの約8割はガスとして燃える。 |
| 約260℃ | 触媒の上でなら、煙のガスがこの低さから燃えはじめる(触媒式)。 |
| 約600℃ | 予熱した空気を噴き込み、逃げかけた煙をもう一度燃やす(クリーンバーン)。 |
| 800〜900℃ | ガスを出しきった炭が、表面で静かに燃える。熾の時間。 |
この地図が頭にあると、薪ストーブの操作の意味が全部つながります。焚き付けに細い薪を使うのは、少ない熱で早く250℃に届かせるため。最初に空気を全開にするのは、300℃の火だねを絶やさないため。乾いた薪を選ぶのは、100℃の戦いを短くするため。焚きはじめに一気に温度を上げるのは、炉とガスを600℃の世界へ届かせて、煙の出ない燃焼に乗せるためです。
薪ストーブの上手な人とは、この温度の地図を、体で覚えている人のことです。
岩手の冬と、燃焼の科学
当社は岩手・盛岡で、薪ストーブの設置とメンテナンスを仕事にしています。設置とメンテナンスを合わせて1,400件をこえる住宅に携わってきて、燃焼の科学は毎日の現場の道具です。煙が多い、ガラスが曇る、朝まで火がもたない。相談ごとの原因はたいてい、今日の温度の地図のどこかで説明がつきます。
ショールームでは、クリーンバーン機も触媒機も、実際に火を入れてお見せできます。宙に浮かんで燃える二次燃焼の炎は、写真より実物のほうがずっといい。盛岡へ、見にいらしてください。