サウナの歴史は、「熱を制御する技術」の歴史です。石を焼いて、囲いをつくって、汗をかく。ただそれだけのことを、人類は5000年、世界のあちこちで磨き続けてきました。
私自身、フィンランドで煙に真っ黒くいぶされたスモークサウナに入ってきました。あの熱の向こうには、思っていたよりずっと長くて、ずっと広い物語がある。今日はそれを、駆け足で一周してみます。
はじまりは、地面の穴だった
最古の発汗浴の痕跡は、先史時代のスカンジナビアとシベリアにさかのぼります。地面を掘った半地下の部屋で石を焼き、焼けた石に水を注いで熱い空気を満たす。人が最初に手にした「持ち運べない暖房」であり、同時に風呂でした。アイルランドには「フラハト・フィア」と呼ばれる青銅器時代の焼け石の遺構が数千カ所も残っています。文明が文字を持つ前から、人類は石を焼いていました。
世界の発汗浴は、大きく4つに分類できます。湯を張る「浴場型」。火の熱で直接あぶる「ファイヤー型」。焼け石に水を打つ「ロウリュ型」。そして複数を組み合わせた「ハイブリッド型」。この4つの型が、時代と大陸を越えて現れては消え、また現れます。
ローマ帝国と、消えた熱
古代ギリシャは床下に熱気を通す「ハイポコースト」を発明し、ローマ帝国がそれを巨大化させました。テルマエです。数千人を収容する公衆浴場は、社交と政治と商談の中心でした。ところが帝国が崩壊すると、水道と床下暖房を維持する技術も資金も失われ、ヨーロッパの入浴文化はいったん途絶えます。熱をつくる技術というのは、案外もろいものでした。
中世ヨーロッパと、イスラムのハマム
中世のドイツ語圏には「バートシュトゥーベン」と呼ばれる蒸し風呂小屋が広がり、床屋や瀉血師が常駐する庶民の社交場になりました。しかし14世紀のペスト大流行で公衆浴場は感染の温床と見なされ、多くの町から姿を消します。
一方、ローマの浴場技術を正統に受け継いだのはイスラム世界でした。ハマムです。湿った熱で体を温め、垢すりと洗浄で身を清める。礼拝の前に体を清める宗教的な意味を持ったからこそ、ハマムは1000年以上、都市の中心で生き続けました。ヨーロッパで途絶えた熱が、地中海の対岸で守られていたのです。
アジアの熱、日本の湯
中国では宋の時代、都市に公衆浴場が立ち並び、庶民が銭を払って湯に浸かりました。インダス文明のモヘンジョダロには紀元前の大浴場が残り、インドのアーユルヴェーダは発汗を治療の一部に組み込んでいます。仏教寺院は入浴を修行の規律として整え、その文化が日本に渡って銭湯の源流になりました。日本が選んだのは、ロウリュの熱ではなく湯でした。火山の恵みで湯が湧く国は、そもそも石を焼く必要がなかったのかもしれません。
アメリカ大陸の、祈る熱
大西洋の向こうでも、人類は同じことをしていました。北米の先住民はスウェットロッジと呼ばれる小屋で石を焼き、祈りとともに汗を流しました。メソアメリカにはテマスカルという石造りの発汗室があり、治療や出産、精神的な再生の儀式の場として使われてきました。誰に教わったわけでもないのに、大陸がちがえば人はまた「焼け石と汗」にたどり着く。不思議なものです。
熱は、交易路を旅した
それぞれの熱は、ばらばらにあったわけではありません。ローマの技術はイスラムへ、イスラムの浴場はオスマン帝国を経て、またヨーロッパへ戻る。仏教は入浴の規律をアジアの東の端まで運び、北方の交易路はロウリュの文化を広げました。熱もまた、人と一緒に旅をしていたわけです。
北欧だけが、なぜ守り抜いたか
そして北欧です。煙突のないスモークサウナは、木と石でつくり、半日かけて石を焼き、煙を逃がしてからようやく人が入ります。焼けた石に水を打つと、熱い波がひと息に立ちのぼる。これがロウリュです。ペストにも近代化にもサウナが消されなかったのは、サウナが暮らしのまんなかにあったからでしょう。煙でいぶされた部屋は雑菌が少なく、フィンランドでは長いあいだ、赤ん坊が生まれる場所であり、病人が養生する場所でもありました。
私自身、フィンランドでも、リトアニアでも、スモークサウナに入ってきました。リトアニアでは、アリダスさんという方が自分の手で建てた小屋——壁の厚さは、なんと70cm——に招かれました。中は真っ暗で、煙でいぶされた木と石のにおいが、サウナー心をくすぐります。オーク(柏)のヴァンタ(葉の束)で体を叩いてもらうと、若葉の香りと熱の波が、肌の奥まで届いてくる。塩で肌をこすり、葉の香りを染み込ませ、最後ははちみつで包む。外はマイナス18℃、水風呂は雪へのダイブで十分でした。身体ぜんぶで森を感じて、時間を忘れる。あれこそ、5000年つづいてきた熱の、いちばん素朴で、いちばん豊かな形なのかもしれません。

5000年たっても、核はひとつ
熱で体を清めて、回復させて、人と人をつなぐ。
むかしから、ずっとそれだけなんですよね。
テルマエもハマムもテマスカルも、形はてんでばらばらです。それでも、芯にあるものは変わりません。熱で体を清め、汗のあとには深い回復が訪れると信じ、その熱い部屋にみんなで集まる。この三つがそろっていたから、発汗浴は大陸をこえて5000年も生き延びたのだと思います。ただ、熱は薬ではありません。心臓や血圧に不安のある方はお医者さんに相談して、体調と相談しながら、無理のない範囲で楽しんでください。
その5000年の伝統の、いちばん新しい形が、いまのフィンランド式サウナです。木と石と火という芯はそのままに、磨かれてきたのは技術のほうだけ。私自身のフィンランドでの体験はフィンランド・サウナ紀行に書いています。

人類が5000年かけて磨いてきた熱を、自宅に置ける時代になりました。盛岡・国道4号線沿いのショールームには、薪とロウリュの実物があります。サウナの設計・施工のページをのぞいて、よかったら火にあたりに来てください。ご相談は無料です。
出典:Rait Hõbepappel & Siim Nellis『Sauna: 歴史、文化、健康、建設』(2023)



