いまや日常語になった「ととのう」という言葉。この言葉を日本中に広めた立役者が、漫画とドラマだったことは、よく知られています。タナカカツキ氏の漫画『サ道』と、その連続ドラマ化。今日は、日本のサウナ観を塗り替えた、この十年ほどの物語です。

「我慢の場所」だったサウナ
ひと昔前、日本のサウナのイメージは、こうでした。カプセルホテルの熱い部屋で、おじさんたちが黙って耐えている場所。テレビの前で汗をかき、時間をつぶす場所。熱さを我慢する回数や時間を競うような入り方も、めずらしくありませんでした。ロウリュも外気浴も、一般にはほとんど知られていない言葉。サウナという設備は「ある」けれど、その本当の楽しみ方は、長いあいだ日本に輸入されないまま、部屋の隅で眠っていたのです。せっかくの宝物が、まだ半分しか開けられていない状態が、長く続いていたのです。
『サ道』が教えてくれたこと
そこへ現れたのが、『サ道』でした。この作品が描いたのは、我慢ではなく、快楽としてのサウナです。熱いサウナ、冷たい水風呂、そして外気浴。この往復の先に「ととのう」という深い多幸感があること。無理をせず、自分の心地よさに正直に従っていいこと。サウナが、体を痛めつける場所ではなく、心を回復させる文化であること。ドラマの主人公が外気浴の椅子でとろけるあの表情は、何百万人もの「サウナ、行ってみようかな」を生みました。若い世代や女性がサウナに戻ってきて、施設は次々と改装され、水風呂と外気浴が主役の座につく。ひとつの作品が、ひとつの文化の受け止め方を、まるごと変えてしまった、みごとな実例です。(ととのうの正体は、こちら。)
なぜ、これほど広がったのか
『サ道』がつけた種火が、これほど大きく燃え広がったのには、時代の追い風もありました。心と体のセルフケアへの関心が高まり、交流サイトでは「ととのった」という報告や、サ活の記録が日々飛び交う。頑張りすぎた現代人が、何もしないでただ気持ちよくなれる時間を、心のどこかで強く求めていたのです。コロナ禍で、自分の心身と静かに向き合う時間の大切さに、多くの人が気づいたことも、追い風になりました。誰かと競うのではなく、スマホを置いて、自分の感覚だけに還っていくサウナの時間は、その渇きにぴたりと応えました。ブームとは、たいてい、時代が求めていたものが、ちょうどいい形になって現れたときに起こります。日本のサウナブームも、まさにその典型でした。
ブームは、文化になりつつある
「サウナブームはいつ終わるの?」と聞かれることがあります。私たちの見立ては、こうです。ブームの派手な波は落ち着いても、サウナは消えません。なぜなら、流行で始めた人たちの一部が、確実に「生活者」に変わっているからです。週一の施設通いが習慣になり、テントサウナを買い、やがて庭に小屋を建てる。流行は入口で、その先には、静かで長い暮らしがある。フィンランドで何百年も続いてきたのは、サウナがブームだからではなく、暮らしそのものだからです。日本のサウナも今、その暮らしの入口に立っています。(テントから常設への道は、こちら。)
あなたの「サ道」を、家に
ドラマを見てサウナを知り、施設に通い、そしてこのページにたどり着いたあなた。次の一歩は、たぶん、暮らしのサウナです。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビア岩手県正規代理店として、ブームの先の、あなたの毎日をお手伝いしています。あなたのサ道の、続きを一緒に。おすすめの一台のご相談、いつでもどうぞ。
写真: محمد بوعلام عصامي (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



