ヘモグロビンは増えました。最大酸素摂取量のほうは、はっきりとは動きませんでした。ノルウェーのエリート自転車選手23名を5週間追った2021年の報告を、有意という言葉と効果量というものさし、そして暑熱チャンバーとサウナ室の違いまで下りて読みます。八幡平の坂を登る方へ。
六月の八幡平で、息が上がるとき
六月の朝、松尾のあたりから八幡平アスピーテラインへ入っていく道は、日が高くなるまで空気が冷たいままです。路肩の草に露が残っていて、山の上のほうにはまだ雪の白が見えます。
この時期になると、盛岡のほうから車に自転車を積んできて、登り口で組み立てている人をよく見かけます。ヘルメットをかぶり、ボトルを差して、静かに漕ぎ出していく。追い越すときに、こちらのエンジン音が少し申し訳なくなります。
坂の途中で息が上がるとき、体の中で足りなくなっているものは、つまるところ酸素です。吸い込んだ酸素を肺から筋肉まで運ぶのは血液で、その運搬を担っているのがヘモグロビンという赤い色素。荷台の数が増えれば、同じ道でも運べる量は変わるはずだ——そう考えると、話はずいぶん単純に思えます。
ここ数年、サウナに入ると血が増える、という話を耳にする機会が増えました。実際、自転車に乗る方から店頭で何度か尋ねられています。本当に増えるのか。増えたとして、速くなるのか。
このふたつは、ひとつの質問のように見えて、別の質問です。今日ご紹介する研究は、そこに別々の答えを出しました。ヘモグロビンは増えた。けれど、最大酸素摂取量のほうは動かなかった。都合のいい数字だけを抜き出さずに、両方を並べて読んでみます。
ノルウェーの23名が、5週間やったこと
紹介するのは、Rønnestad BR ほかがExperimental Physiology誌に2021年に発表した研究です(PMID 32436633、ノルウェー内陸大学ほか)。
対象はエリート男子自転車選手23名。最大酸素摂取量、いわゆるVO2maxは76.2±7.6 mL/kg/分でした。VO2maxとは、一分間に体へ取り込める酸素の最大量のこと。体重一キログラムあたりで表します。76という数字は、競技の世界でもかなり高いほうです。±のあとの数字は標準偏差、つまり選手ごとのばらつきの幅を表しています。
この23名を、暑熱群11名と対照群12名に振り分けました。暑熱群がやったのは、37.8±0.5℃・湿度65.4±1.8%に保たれた部屋——論文の言葉ではチャンバーといいます——の中で、軽い強度の運動を一回一時間。それを週五回、五週間続けています。週五回を五週間ですから、単純に数えて二十五回前後。対照群は、この暑い部屋での運動を行いませんでした。
ここで一度、条件を頭に入れておいてください。37.8℃。湿度65%。そして、その中で座っているのではなく、軽く体を動かしている。この三つには、記事の後半でもう一度戻ってきます。

893グラムが、935グラムになった
五週間のあと、暑熱群の総ヘモグロビン量は893±78グラムから935±108グラムになったと報告されています。差にしておよそ42グラム、割合にしておよそ4.7%。対照群のほうは+6グラムでした。
ここで言う総ヘモグロビン量は、健康診断の血液検査で見慣れた数値とは別のものです。検査で出るのは濃度、つまり血液1デシリットルあたり何グラムか、という値。濃度は、汗をかいて水分が減れば見かけ上あがりますし、水を飲めばさがります。いっぽう総量は、体の中にあるヘモグロビンをぜんぶ合わせた重さです。水分の出入りに左右されにくい。だからこういう研究では、濃度ではなく総量を測ります。
42グラムというと、鶏卵一個より軽い。数字だけ見れば、ささやかです。ただ、もともと893グラムある人が935グラムになった、という増え方だと考えると、印象は少し変わります。
ひとつ、正直に書いておきます。この変化について、統計的に有意だったかどうかまでは、私たちが確認できた記述の範囲にはありませんでした。有意と明記されているのは、次の節で扱うVO2maxの群間差が「有意ではなかった」という一文のほうです。書かれていないものを、書かれていたことにはしません。ここでは、42グラムと6グラムという二つの数字が並んでいた、とだけ受け取ってください。
では、速くなったのか
答えから書きます。VO2maxの群間差は有意ではなかった、と報告されています。
数字はこうです。暑熱群は+225±274 mL/分、対照群は+161±202 mL/分。どちらのグループも、平均としては増えています。ただ、その二つの差は、偶然のばらつきでは説明しにくい、というところまでは届かなかった。
有意ではない、というのは、変わらないことが証明された、という意味ではありません。この人数、この期間では、差があるとは言い切れなかった、という意味です。ここを取り違えると、逆向きにも読み間違えます。
それから、ばらつきの大きさに目を留めてください。暑熱群の+225に対して、標準偏差は±274。平均よりも、ばらつきのほうが大きい。ぐんと伸びた人もいれば、下がった人もいた、ということになります。平均だけを見て、みんな伸びた、とは読めません。
ヘモグロビンは42グラム増えたのに、酸素を取り込む力の差ははっきりしなかった。荷台が増えても道が混んでいれば運べる総量は変わらない——そんな喩えを思いつきはしますが、なぜそうなったのかまで、この研究から読み取ることはできません。分からないことは、分からないままにしておきます。
効果量という、もうひとつのものさし
有意差なし、と聞くと、それで話が終わったように感じます。でも、ものさしはひとつではありません。
有意かどうかは、その差が偶然で説明できるかどうかを見る見方です。人数が少ないと、実際に差があっても有意にはなりにくい。23名という規模は、統計の世界では小さいほうに入ります。
もうひとつのものさしが、効果量です。差の大きさそのものを、ばらつきを基準にして表した数字。一般には、0.2前後で小さい、0.5前後で中くらい、と読まれます。
この研究では、次の三つで、暑熱群に有利な小〜中程度の効果量が報告されています。乳酸性作業閾値パワーで0.34。疲労状態でのランニングおよびペダリングのエコノミーで0.52。15分平均パワーで0.22。
言葉を噛み砕いておきます。乳酸性作業閾値とは、乳酸という疲れの目印になる物質が急に増えはじめる運動強度のこと。長く粘れる上限の目安だと思ってください。エコノミーは燃費です。同じ速度を出すのに、どれだけ酸素を使うか。疲労状態で、というのは、疲れたあとに測った、という意味です。
並べてみると、長い登りの後半に関わってきそうな指標ばかりです。そう読みたくなる気持ちは、正直あります。ただ、効果量はあくまで差の大きさの目安であって、これをもって効果が証明された、と言うことはできません。有意ではなかった結果と、効果量で差が見えた結果。この研究は、その両方を抱えたまま報告されています。
37.8℃・湿度65%は、サウナの数字ではない
ここが、この記事でいちばん大事なところです。
もう一度、条件に戻ります。37.8℃、湿度65.4%、そしてその中で軽い運動。これは暑熱チャンバーという設備の話であって、サウナ室の話ではありません。
私たちが施工してきた範囲でいえば、フィンランド式の薪サウナは、上段ベンチのあたりで80℃台から90℃台に落ち着くことが多い。湿度はふだん低く保たれていて、ロウリュ——サウナストーンに水をかけることです——の瞬間だけ、蒸気で体感がぐっと跳ね上がります。60℃前後で使う赤外線サウナは、それともまた別の環境です。
温度でいえば二倍以上ちがう。湿度の作られ方もちがう。体を動かしているか、座っているかもちがう。ならば、この研究の結果を、そのままサウナに入れば、と言い換えることはできません。言い換えたくなる気持ちはよく分かります。数字は借りてくれば立派に見えるからです。けれど、条件を飛ばして結論だけを持ってくると、それは研究の話ではなく、宣伝の話になってしまいます。
売る側がこれを言うのは、少し損な役回りだと思います。それでも、条件を飛ばして効能だけを語る商売を、私たちはしたくありません。

温度計は、一本では足りない
私たちが見てきた範囲では、サウナ室の温度は、どこで測るかで驚くほど変わります。ストーブの直上、上段ベンチの高さ、下段ベンチ、そして足元。同じ室内、同じ時刻でも、四つの数字はまず揃いません。
ですから引き渡しの前には、温度計と湿度計を複数の高さに置いて、時間を追って記録します。何度のサウナですか、と聞かれたとき、ひとつの数字で答えられないことのほうが多い。上段は何度、足元は何度、そのときの湿度はいくつ、という言い方になります。回りくどく思われることもあります。
ただ、研究を読むときも、必要なのは同じ姿勢です。論文に書かれた37.8℃は、どこで、どう測った37.8℃なのか。読み手がそこまで下りていくと、話は急に具体的になります。
盛岡の冬、外が氷点下十度を下回る朝と、夏の夕方とでは、同じ薪の焚き方でも室温の上がり方が違います。壁の断熱、扉の建て付け、給気の取り方でも変わる。数字は、条件とセットでしか意味を持たない。現場にいると、そのことを毎回思い知らされます。

この23人が、誰だったか
最後に、この研究が言えないことを並べておきます。
対象はエリート男子自転車選手23名。VO2maxが76.2±7.6 mL/kg/分という、日常的に高い負荷で練習している人たちです。全員が男性で、女性は含まれていません。ノルウェーの研究ですから、日本人のデータでもない。年齢層も生活も、この記事を読んでくださっている方とは重なりにくい。人数は23名、期間は5週間。統計の世界では、いずれも小さいほうに入ります。
暑熱群と対照群に振り分けたうえで比べた試験ですから、後から見比べただけの研究よりは一歩踏み込めます。それでも、この規模とこの条件で、原因と結果を断定することはできません。ここから、一般の方がサウナに入れば血が増えて速くなる、と読むのは飛びすぎです。
そして、暑さは体に負担をかけます。心臓や血圧に持病のある方、薬を飲んでいる方は、サウナの利用について必ず主治医にご相談ください。これは研究の話とは別に、私たちが現場で毎回お願いしていることです。

岩手の坂は、来年もそこにある
八幡平アスピーテライン、岩手山パノラマライン。岩手には、登りたくなる坂がいくつもあります。五週間という期間は、そのうちの一本に向けて準備を組み立てるには、ちょうど扱いやすい長さです。
ただ、この記事で紹介した五週間は、37.8℃の部屋で運動をした五週間でした。サウナの五週間ではありません。そこだけは、混ぜないでいただきたいと思います。
そのうえで、少しだけ私たちの仕事の話を。走り終えたあとに火を入れられる場所が家にあると、冬の過ごし方は確かに変わります。有限会社D'STYLEが岩手・盛岡で設置しているのは、HARVIAのLegend 240をはじめとする薪サウナストーブと、VENERE maticのようなペレットサウナ。薪は火を育てる時間そのものが楽しみで、ペレットは着火と温度の管理が楽です。サウナストーンは熱をためこむ性質があるので、扉を開け閉めしても室温が落ちにくい。
どちらがおすすめかは、ひとりで走る人か、家族で入る人かで変わります。設置のご相談は、間取りと煙突の抜き方を見てからのほうが早い。国道4号沿いのショールームには、火の入ったストーブが並んでいます。
坂の途中で息が上がる感じは、何年たっても変わりません。変わるのは、下りてきたあとの時間の使い方くらいです。数字は借りてくるものではなく、条件ごと引き受けるもの。研究も、サウナ室の温度計も、そこは同じだと思っています。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、必ず主治医にご相談ください。
参照した研究
- Rønnestad BR ほか, Experimental Physiology, 2021(PMID 32436633、ノルウェー内陸大学ほか)。エリート男子自転車選手23名を暑熱群11名・対照群12名に振り分け、37.8±0.5℃・湿度65.4±1.8%のチャンバーでの軽強度運動を1回1時間・週5回・5週間行った比較試験。
- 本文中のサウナ室の温度・湿度、薪の焚き方に関する記述は、有限会社D'STYLE(岩手県盛岡市)の施工および実測の経験によるものです。研究の結果ではありません。
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。



