去年の秋、取引先の担当者の名前が出てきませんでした。十年以上の付き合いです。顔もわかる。前に何を話したかも覚えている。名前だけが出てこない。
その場は「いつもお世話になっております」で切り抜けましたが、車に戻ってから、しばらくハンドルを握ったまま座っていました。

店でも、同じ話をよく聞くようになりました。ストーブを見にいらした同年配の方と、気づけば健康の話になっている。血圧、膝、眠り、それからもの忘れ。ストーブの話より長くなる日もあります。
今日は、サウナと脳の話をします。わかっていることと、わかっていないことを、そのまま書きます。
脳は、血で動いています
脳の重さは体重の二パーセントほどです。それなのに、体が使う酸素の二割前後を、この部屋ひとつで食っているといわれます。燃費でいえば最悪です。
しかも蓄えがききません。筋肉のようにエネルギーを溜めておけないので、血が届き続けていないとすぐに働きが鈍る。急に立ち上がってくらっとするのは、その一瞬だけ供給が間に合わなかったからです。
だから、頭の話は頭だけでは終わりません。心臓が押し出して、血管がしなやかに広がって、末端まで届いている。その先に脳がある。順番としては、そういうことになります。
クオピオという街の、二十年
フィンランド東部にクオピオという街があります。湖と森に囲まれた、人口十万人ほどの地方都市です。規模でいえば、花巻あたりでしょうか。
ここで、東フィンランド大学のヤリ・ラウッカネン博士らが、中年の男性2,315人を二十年以上追いかけました。医学誌『Age and Ageing』の2017年の論文です。
サウナに入る頻度で三つに分けています。週に一回の人、二〜三回の人、四〜七回の人。そのうえで、その後の二十年のあいだに記憶に関わる病がどれだけ出たかを数えた。
週四〜七回のグループでは、週一回のグループより発生が少なかった。そう報告されています。
ただし、ここは正直に書きます。観察研究です。人の暮らしを長く見て、関わりがあるかどうかを調べたもので、原因と結果を証明したものではありません。もともと丈夫で活動的な人ほど週に四回もサウナに行ける、という可能性を取り除けていない。研究者自身が、論文の中でそう断っています。
それでも、二千人を二十年です。この記録にはそれなりの重みがあると思っています。少なくとも、頻繁にサウナに入る暮らしが脳に悪く働いていた、という話ではなかった。受け取り方としては、そのくらいで十分だと思います。

なぜだろう、というところ
理由として挙げられているのは、まずめぐりです。温めると血管が広がり、心臓が速く打つ。全身を回る血の量が増える。いちばん血を欲しがっている脳にも、その分は届く。
心臓の話も出てきます。同じクオピオのデータを使った2015年の研究(『JAMA Internal Medicine』)では、サウナの頻度と心臓の病との関わりが報告されています。脳を守る血管と心臓を守る血管は、結局のところ同じ体の、同じ管です。片方が健やかで、もう片方に悪いということはない。
それと、熱い部屋の中では、たいてい何もしません。考えごとの手が止まる。あれも体にとっては休みなのだろうと思います。
ただ、どれも「脳に効く」という話ではありません。体を整えた結果として、脳が守られるかもしれない。その順番です。ここを飛ばして言い切ってしまうのは、正確ではないと思っています。
岩手の冬の、家の中の話
ここからは、論文の話ではありません。
岩手の高齢化率は三割を超えています。全国でも高いほうです。そしてこの土地には、もうひとつ事情がある。冬です。
十二月から三月まで、外に出る回数が目に見えて減ります。道が凍る。転ぶのが怖い。除雪が済むまで車が出せない。四時にはもう暗い。用事をひとつ我慢して、ふたつ我慢して、気づけば一日誰とも口をきいていない日ができる。雪国の冬は、体だけでなく、暮らしの動きごと落としていきます。
私たちがお客様の家に上がらせてもらうのは、ちょうどその冬の真ん中です。年間で250軒を超えます。
そこで気づいたことがあります。
火のある家には、行く場所があるということです。
そして用事がある。薪をくべる。灰をかく。天板のやかんを見に行く。朝いちばんに火を起こす人がいて、その人には毎朝そこへ行く理由がある。
八幡平市の安代に、事務所に薪ストーブを入れているお客様がいらっしゃいます。事務のスタッフが四名。火の番をしているのは、七十歳くらいの社長の奥さんです。
もともとはダッチウエストのエンライト・ラージが入っていました。パワーがあって、しっかり暖かいストーブです。それでも「もっと暖かいのが欲しい」ということで、ハースストーンのイキノックスに入れ替えました。ソープストーン、石のストーブです。
一月の中旬に伺ったときのことです。安代は外が氷点下十度。事務所の中は、ポカポカでした。
奥さんが言うには、石のストーブは体の芯まで温めてくれるのだそうです。「骨から温まる」という言い方をされていました。前のストーブも暖かかったけれど、これは違う、と。
正直に言うと、私はこの表現が好きです。ソープストーンの熱は、鋳物とはひと味違います。遠赤外線がなめらかで、遠くまで飛ぶ。私自身も、体でそう感じています。
そして奥さんは、いつもストーブのそばに机を寄せて仕事をされています。
冬の朝、その席には人がいる。それだけのことなのですが、あの事務所を思い出すたび、火のある場所というのはこういうことだな、と思います。

家の中に行く場所がある。この意味は、雪国では思っているより大きい。
サウナも同じです。週に二回、体を温めるために着替えてドアを開ける。体の話であると同時に、冬に予定を作るという話でもあります。予定のある冬と、ない冬とでは、三月に迎える顔つきが違う。
週四回、という数字
さきほどの研究で差が見えたのは、週四回から七回でした。この数字を見て、たいていの方はこう思うはずです。そんなに行けない、と。
その通りです。車で三十分の施設に週四回は続きません。冬はなおさらで、雪の夜にわざわざ出かける気にはならない。
続く人と続かない人を分けているのは、意志ではなく距離です。
フィンランドは人口550万人ほどの国ですが、サウナは約300万台あるといわれます。ふたりに一台を超える計算です。彼らが週に何度も入れるのは、根性があるからではありません。廊下の先にあるからです。着替えて、ドアを開けて、それで入れる。出かける必要がない。
研修で見てきたフィンランドの家でも、サウナは特別な部屋ではありませんでした。浴室の隣にあったり、家によっては母屋とは別に、庭先の小屋になっていたり。どこにあっても共通していたのは、思い立ってから入るまでが近い、ということです。日本の感覚だと「行く」ものですが、あちらでは「入る」ものでした。
自宅にサウナを、というと贅沢に聞こえます。でも、続けたいものを続く場所に置くというのは、贅沢というより段取りの問題です。ジムの会員証が引き出しで眠っているのと、同じ話をしています。
眠りのこと
脳が一日分を整理するのは、眠っているあいだだといわれます。もの忘れが気になるという方の話をよく聞いていくと、そもそも眠れていない、という方がかなりいます。
人は、体の内側の温度が下がりはじめるときに眠くなります。だから一度上げておくと、そのあとの下り坂が急になって、寝つきやすくなる。
目安は、布団に入る一時間半ほど前に上がっておくこと。上がってすぐ横になっても、体はまだ下り坂に入っていません。水を一杯飲んで、髪を乾かして、少しぼんやりしている時間。あれがちょうどいい助走になります。
派手な話ではありません。ただ、サウナが脳にできることがあるとすれば、入口はたぶんこのあたりです。

正直に、注意も
- 心臓や血圧に持病のある方、お薬を飲んでいる方は、必ず主治医に一言。「入っていいですか」ではなく「何度で何分までなら」と聞くと、具体的な答えが返ってきます。
- お酒を飲んだあとは入らない。これは例外なしです。
- ご高齢の方はひとりで入らない。家族が声をかけられる状態にしておく。
- のぼせたら我慢しない。動悸、めまい、吐き気は、根性で越えるものではありません。
- サウナは治療ではありません。もの忘れが気になる、ご家族の様子が心配だという場合は、まず医療機関へ。遠回りのようで、いちばん確かです。
よくある質問
Q. 何度で何分くらいがいいですか
決まりはありません。フィンランドでは80℃前後で8分から12分ほどを一区切りにする方が多いようです。ただ、温度計より自分の感覚です。最初は低めから。我慢比べにした瞬間、続かなくなります。
Q. 高齢の親と一緒に入れますか
フィンランドでは祖父母から孫まで同じ部屋に入ります。温度は低めに、時間は短めに。下の段に座ってもらうだけで体感はずいぶん変わります。持病があるなら、先に主治医へ。
Q. 電気と薪、どちらがいいですか
続けやすさなら電気です。スイッチひとつで、帰ってすぐ入れる。薪は火を育てる時間そのものが楽しみになりますが、そのぶん段取りが要ります。週四回を目指すなら電気、休日の楽しみとしてなら薪。店で両方見てから決める方が多いです。
Q. 週一回では意味がないですか
そんなことはありません。あの研究は回数と発生率の関わりを見たもので、週一回に意味がないと示したわけではない。それに、続かない週四回より、続く週一回のほうがずっと価値があります。
Q. 熱いのが苦手です
たいていは温度が高すぎるか、乾きすぎているかのどちらかです。60〜70℃台でロウリュを効かせた湿ったサウナは、まったく別物に感じられます。苦手だという方こそ、一度低温多湿を試してみてください。
それでも、冬は来る
冒頭に、名前が出てこなかった話を書きました。あれから何かが治ったわけではありません。相変わらず出てこない日はあります。
ただ、冬に体を温める場所が家にあって、夜はよく眠れている。それだけのことが、五十を過ぎるとありがたい。薬でも治療でもない。そのくらいの話です。
安代の事務所の、ストーブのそばの机。あれもたぶん、同じ話です。
盛岡・国道4号線沿いの店では、実際にサウナに入っていただけます。ハースストーンの熱も、ハルビアの蒸気も、体で確かめてから決めてください。健康の話も遠慮なくどうぞ。同年配の方となら、いくらでも話せます。
出典
- Laukkanen T, Kunutsor S, Kauhanen J, Laukkanen JA. Sauna bathing is inversely associated with dementia and Alzheimer's disease in middle-aged Finnish men. Age and Ageing, 2017;46(2):245-249.(東フィンランド大学/対象2,315人/追跡中央値 約20年)
- Laukkanen JA, Laukkanen T, Khan H, Zaccardi F. Association Between Sauna Bathing and Fatal Cardiovascular and All-Cause Mortality Events. JAMA Internal Medicine, 2015;175(4):542-548.
- フィンランドのサウナ台数・人口は、フィンランド・サウナ協会ほかが公表している推計値によります。
※この記事は、サウナと健康に関する研究や一般的な知見をご紹介するものであり、特定の効果を保証したり、病気の予防・治療をうたうものではありません。持病のある方、通院中の方、お薬を服用中の方は、必ず主治医にご相談のうえご利用ください。
写真: Arnold Schott (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)




