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YOMIMONO / 薪ストーブの科学 ② 煙突とドラフト理論

煙突は、吸っていない。
押されている。

文・有限会社D'STYLE|岩手・盛岡の薪ストーブとサウナの店

公開日:2026年9月27日

煙突には、モーターがありません。ファンも付いていません。ただの筒です。

それなのに、薪ストーブの煙は、吸い込まれるような勢いで煙突を駆け上がっていきます。この引く力を、ドラフトと呼びます。筒がただ立っているだけで、なぜ力が生まれるのでしょうか。

答えを先に言います。煙突は、煙を吸い上げてなどいません。外の空気が、煙を下から押し上げているのです。

今日はこの一行を、ゆっくり分解していきます。読み終わるころには、焚き始めに煙が部屋へ逆流する理由も、煙突の曲がりが嫌われる理由も、岩手の冬が実は煙突に有利な理由も、ぜんぶ同じ一つの話だとわかるはずです。

準備1:空気には、重さがある

まず、ふだん忘れている事実から。空気には重さがあります。

空気1立方メートル(1m四方の箱いっぱい)は、約1.2kg。牛乳パック1本分より重いのです。6畳の部屋の空気を全部集めると、約30kg。小学3年生ひとり分の重さの空気が、あなたの部屋に浮かんでいます。

そして私たちは、この重い空気が100km近く積み上がった「空気の海」の底に住んでいます。上に載った空気の重さが、体をあらゆる向きから押している。これが気圧です。地上の気圧は約10万パスカル。1平方メートルあたり10トンの力で押されている計算です。つぶれないのは、体の中から同じ力で押し返しているからです。

準備2:圧力の差は、お風呂で体験できる

パスカルという単位に、身に覚えがある人は少ないと思います。でも、圧力の差なら誰でも体験しています。

お風呂に、頭まで潜ってみてください。耳がツンと押されます。あれが圧力差です。水面から50cm潜ると、水があなたを押す力は約5,000パスカル増えます。上に載った水の重さの分だけ、深いところほど強く押される。プールの底で耳が痛いのも同じです。

覚えておいてほしいのはこの感覚です。深いほど、押される。つまり、上に積み上がったものが重いほど、下は強く押される。空気の海でも、まったく同じことが起きています。

準備3:温かい空気は、軽い

最後の部品です。空気は温めると膨らんで、軽くなります。

20℃の空気が1立方メートルあたり約1.2kgなのに対して、200℃まで熱した空気は約0.75kg。同じかさで、4割近く軽くなります。熱気球が浮かぶのはこのためです。バーナーで球の中の空気を温めて軽くすると、まわりの冷たく重い空気が、軽い球を押し上げます。

ここまでそろえば、もう答えは出たようなものです。

煙突とは、軽い空気の柱である

薪ストーブに火が入ると、煙突の中は熱い煙で満たされます。つまり煙突とは、家の中に立てた「軽い空気の柱」です。

いっぽう煙突の外には、冷たく重い空気の柱が立っています。同じ高さで比べると、外の柱のほうがずっと重い。すると何が起きるか。お風呂の話を思い出してください。重い柱の底は強く押され、軽い柱の底は弱くしか押されません。この押しの差が、空気をストーブの吸気口から炉へ、炉から煙突へ、煙突から空へと一方通行で流します。

これがドラフトの正体です。熱気球とまったく同じで、煙突が吸い上げるのでも、煙が勝手に浮くのでもなく、外の重い空気が、中の軽い柱を押し出しているのです。

その力は、どれくらいか

では、計算してみます。岩手の冬らしく、外はマイナス10℃としましょう。煙突の高さは5m、中の煙は200℃とします。

マイナス10℃の空気は1立方メートルあたり約1.34kg。200℃の煙は約0.75kg。高さ5mの柱で重さくらべをすると、押しの差はおよそ30パスカルになります。

30パスカルとは、どれくらいの力でしょうか。手のひらに置いた1円玉30枚分の圧力です。体重計の台いっぱいにこの圧力をかけても、目盛りは300gも動きません。お風呂で50cm潜ったときの、150分の1ほどです。

薪ストーブという何百kgもの鉄のかたまりの呼吸を支えているのは、それほどかすかな力です。ちなみにヨーロッパの試験規格(EN 13240)は、ストーブの性能を12パスカルのドラフトで測ります。設計の世界でも、この繊細さが前提になっているわけです。

条件ドラフトの強さ(目安)ひとことで
真冬・外マイナス10℃強い(例:約30Pa)外の空気が重く、押しの差が大きい
春・秋・外15℃前後弱い内外の温度差が小さく、押しの差も小さい
焚き始め(煙突が冷えている)ほぼゼロ〜逆向き中の柱がまだ軽くない。逆流はここで起きる
煙突が高い高さに応じて強くなる柱が長いほど、重さの差が積み上がる
煙が熱い強い柱が軽いほど、押し出されやすい

※ 数値は「外マイナス10℃・煙200℃・煙突5m」で概算した一例です。実際は経路・断熱・気象条件で変わります。

力がかすかだから、じゃまに負ける

ドラフトが1円玉30枚分しかないとわかると、薪ストーブの困りごとの多くが一気に説明できます。

台所のレンジフードが回ると、家の中の気圧が下がります。その下がり幅は、ドラフトと同じ土俵のパスカル単位。かすかな押しの差など簡単にひっくり返り、煙は部屋へ逆流します(この話はレンジフードは薪ストーブの15倍の空気を吸うに詳しく書きました)。

強い風の日や、低気圧が通る日に「今日は引きが悪い」と感じるのも同じです。屋根のまわりで風が渦を巻くと、煙突の出口の圧力が揺さぶられます。相手は1円玉30枚の力ですから、天気のひと押しでも姿勢が変わるのです。

朝いちばん、煙が部屋に出る理由

よく相談される場面を、ドラフトの目で見てみます。寒い朝、火を点けた直後に煙が部屋へ出てくる。あれはなぜでしょうか。

一晩火を落とした煙突の中には、冷えきった重い空気の柱が立っています。特に壁の外を立ち上がる煙突は、外気でキンキンに冷えています。中の柱が外より重ければ、押しの向きは逆さまです。空気は煙突を下って、ストーブから部屋へ吹き出そうとします。逆ドラフトです。

だから焚き付けの仕事は、一刻も早く煙突の中の柱を温めて、軽くしてやることです。細い薪と焚き付けで一気に炎を立てる。着火剤や新聞紙をまず煙突の入り口近くで燃やして、柱を先に温めてから本番の火を作る。燃焼の原理の話で書いた「最初に温度を上げる」は、炉のためだけの話ではなく、煙突の柱を目覚めさせるためでもあるのです。

曲がりと横引きが、嫌われる理由

煙突の工事で、私たちは曲がりをできるだけ入れません。理由も、もう説明できます。

煙が曲がり角を通るたび、渦ができて勢いが失われます。横に寝かせた区間では、煙を押し上げる高さの差がかせげないうえ、抵抗だけが増えます。潤沢な力があるなら、多少の損は目をつぶれます。でも手持ちは1円玉30枚。1枚も無駄にできない予算なのです。まっすぐ、高く、熱く。良い煙突の姿が世界中で同じなのは、物理が同じだからです。

そしてもう一つ。煙を冷やさないこと。煙突が断熱されていないと、上るあいだに煙が冷えて柱が重くなり、ドラフトは失速します。冷えた煙はタールを内壁に置いていき、煙道火災の燃料を育てます。北東北で断熱二重煙突が前提になるのは、デザインの話ではなく、この物理の話です(部材と選び方は煙突のページへ)。

岩手の冬は、煙突の味方

最後に、少し明るい話を。

ドラフトは内外の温度差で決まります。つまり、外が寒いほど煙突はよく引きます。マイナス10℃の盛岡の朝は、東京の冬よりずっと強い押しが得られる。岩手の冬は薪ストーブにとって過酷な相手に見えて、実は煙突にとっては最高の相棒なのです。

そのかわり、設計の責任は重くなります。よく引く煙突は、設計を誤れば引きすぎて薪を早食いしますし、経路が悪ければ真冬の逆流も強烈です。ヨーロッパには煙突を物理計算で設計させる規格(EN 13384)があります。日本にその義務はありませんが、当社は同じ考え方で、家ごとに経路と高さを決めています(世界の規格の話は世界の安全基準へ)。

煙突は、ただの筒です。ただの筒なので、置き方がすべてを決めます。

D'STYLE
有限会社D'STYLE

岩手県盛岡市。薪ストーブ・ペレットストーブ・サウナの設計施工と煙突掃除。設置実績900件超。日本暖炉ストーブ協会会員。

煙突の設計は、家ごとに。

経路も高さも断熱も、当社が現地を見て決めます。引きが悪い、逆流するといった今の煙突のご相談も受けています。