煙突には、モーターがありません。ファンも付いていません。ただの筒です。
それなのに、薪ストーブの煙は、吸い込まれるような勢いで煙突を駆け上がっていきます。この引く力を、ドラフトと呼びます。筒がただ立っているだけで、なぜ力が生まれるのでしょうか。
答えを先に言います。煙突は、煙を吸い上げてなどいません。外の空気が、煙を下から押し上げているのです。
今日はこの一行を、ゆっくり分解していきます。読み終わるころには、焚き始めに煙が部屋へ逆流する理由も、煙突の曲がりが嫌われる理由も、岩手の冬が実は煙突に有利な理由も、ぜんぶ同じ一つの話だとわかるはずです。
準備1:空気には、重さがある
まず、ふだん忘れている事実から。空気には重さがあります。
空気1立方メートル(1m四方の箱いっぱい)は、約1.2kg。牛乳パック1本分より重いのです。6畳の部屋の空気を全部集めると、約30kg。小学3年生ひとり分の重さの空気が、あなたの部屋に浮かんでいます。
そして私たちは、この重い空気が100km近く積み上がった「空気の海」の底に住んでいます。上に載った空気の重さが、体をあらゆる向きから押している。これが気圧です。地上の気圧は約10万パスカル。1平方メートルあたり10トンの力で押されている計算です。つぶれないのは、体の中から同じ力で押し返しているからです。
準備2:圧力の差は、お風呂で体験できる
パスカルという単位に、身に覚えがある人は少ないと思います。でも、圧力の差なら誰でも体験しています。
お風呂に、頭まで潜ってみてください。耳がツンと押されます。あれが圧力差です。水面から50cm潜ると、水があなたを押す力は約5,000パスカル増えます。上に載った水の重さの分だけ、深いところほど強く押される。プールの底で耳が痛いのも同じです。
覚えておいてほしいのはこの感覚です。深いほど、押される。つまり、上に積み上がったものが重いほど、下は強く押される。空気の海でも、まったく同じことが起きています。
準備3:温かい空気は、軽い
最後の部品です。空気は温めると膨らんで、軽くなります。
20℃の空気が1立方メートルあたり約1.2kgなのに対して、200℃まで熱した空気は約0.75kg。同じかさで、4割近く軽くなります。熱気球が浮かぶのはこのためです。バーナーで球の中の空気を温めて軽くすると、まわりの冷たく重い空気が、軽い球を押し上げます。
ここまでそろえば、もう答えは出たようなものです。
煙突とは、軽い空気の柱である
薪ストーブに火が入ると、煙突の中は熱い煙で満たされます。つまり煙突とは、家の中に立てた「軽い空気の柱」です。
いっぽう煙突の外には、冷たく重い空気の柱が立っています。同じ高さで比べると、外の柱のほうがずっと重い。すると何が起きるか。お風呂の話を思い出してください。重い柱の底は強く押され、軽い柱の底は弱くしか押されません。この押しの差が、空気をストーブの吸気口から炉へ、炉から煙突へ、煙突から空へと一方通行で流します。
これがドラフトの正体です。熱気球とまったく同じで、煙突が吸い上げるのでも、煙が勝手に浮くのでもなく、外の重い空気が、中の軽い柱を押し出しているのです。
その力は、どれくらいか
では、計算してみます。岩手の冬らしく、外はマイナス10℃としましょう。煙突の高さは5m、中の煙は200℃とします。
マイナス10℃の空気は1立方メートルあたり約1.34kg。200℃の煙は約0.75kg。高さ5mの柱で重さくらべをすると、押しの差はおよそ30パスカルになります。
30パスカルとは、どれくらいの力でしょうか。手のひらに置いた1円玉30枚分の圧力です。体重計の台いっぱいにこの圧力をかけても、目盛りは300gも動きません。お風呂で50cm潜ったときの、150分の1ほどです。
薪ストーブという何百kgもの鉄のかたまりの呼吸を支えているのは、それほどかすかな力です。ちなみにヨーロッパの試験規格(EN 13240)は、ストーブの性能を12パスカルのドラフトで測ります。設計の世界でも、この繊細さが前提になっているわけです。
| 条件 | ドラフトの強さ(目安) | ひとことで |
|---|---|---|
| 真冬・外マイナス10℃ | 強い(例:約30Pa) | 外の空気が重く、押しの差が大きい |
| 春・秋・外15℃前後 | 弱い | 内外の温度差が小さく、押しの差も小さい |
| 焚き始め(煙突が冷えている) | ほぼゼロ〜逆向き | 中の柱がまだ軽くない。逆流はここで起きる |
| 煙突が高い | 高さに応じて強くなる | 柱が長いほど、重さの差が積み上がる |
| 煙が熱い | 強い | 柱が軽いほど、押し出されやすい |
※ 数値は「外マイナス10℃・煙200℃・煙突5m」で概算した一例です。実際は経路・断熱・気象条件で変わります。
力がかすかだから、じゃまに負ける
ドラフトが1円玉30枚分しかないとわかると、薪ストーブの困りごとの多くが一気に説明できます。
台所のレンジフードが回ると、家の中の気圧が下がります。その下がり幅は、ドラフトと同じ土俵のパスカル単位。かすかな押しの差など簡単にひっくり返り、煙は部屋へ逆流します(この話はレンジフードは薪ストーブの15倍の空気を吸うに詳しく書きました)。
強い風の日や、低気圧が通る日に「今日は引きが悪い」と感じるのも同じです。屋根のまわりで風が渦を巻くと、煙突の出口の圧力が揺さぶられます。相手は1円玉30枚の力ですから、天気のひと押しでも姿勢が変わるのです。
朝いちばん、煙が部屋に出る理由
よく相談される場面を、ドラフトの目で見てみます。寒い朝、火を点けた直後に煙が部屋へ出てくる。あれはなぜでしょうか。
一晩火を落とした煙突の中には、冷えきった重い空気の柱が立っています。特に壁の外を立ち上がる煙突は、外気でキンキンに冷えています。中の柱が外より重ければ、押しの向きは逆さまです。空気は煙突を下って、ストーブから部屋へ吹き出そうとします。逆ドラフトです。
だから焚き付けの仕事は、一刻も早く煙突の中の柱を温めて、軽くしてやることです。細い薪と焚き付けで一気に炎を立てる。着火剤や新聞紙をまず煙突の入り口近くで燃やして、柱を先に温めてから本番の火を作る。燃焼の原理の話で書いた「最初に温度を上げる」は、炉のためだけの話ではなく、煙突の柱を目覚めさせるためでもあるのです。
曲がりと横引きが、嫌われる理由
煙突の工事で、私たちは曲がりをできるだけ入れません。理由も、もう説明できます。
煙が曲がり角を通るたび、渦ができて勢いが失われます。横に寝かせた区間では、煙を押し上げる高さの差がかせげないうえ、抵抗だけが増えます。潤沢な力があるなら、多少の損は目をつぶれます。でも手持ちは1円玉30枚。1枚も無駄にできない予算なのです。まっすぐ、高く、熱く。良い煙突の姿が世界中で同じなのは、物理が同じだからです。
そしてもう一つ。煙を冷やさないこと。煙突が断熱されていないと、上るあいだに煙が冷えて柱が重くなり、ドラフトは失速します。冷えた煙はタールを内壁に置いていき、煙道火災の燃料を育てます。北東北で断熱二重煙突が前提になるのは、デザインの話ではなく、この物理の話です(部材と選び方は煙突のページへ)。
岩手の冬は、煙突の味方
最後に、少し明るい話を。
ドラフトは内外の温度差で決まります。つまり、外が寒いほど煙突はよく引きます。マイナス10℃の盛岡の朝は、東京の冬よりずっと強い押しが得られる。岩手の冬は薪ストーブにとって過酷な相手に見えて、実は煙突にとっては最高の相棒なのです。
そのかわり、設計の責任は重くなります。よく引く煙突は、設計を誤れば引きすぎて薪を早食いしますし、経路が悪ければ真冬の逆流も強烈です。ヨーロッパには煙突を物理計算で設計させる規格(EN 13384)があります。日本にその義務はありませんが、当社は同じ考え方で、家ごとに経路と高さを決めています(世界の規格の話は世界の安全基準へ)。
煙突は、ただの筒です。ただの筒なので、置き方がすべてを決めます。
