ふと嗅いだ匂いが、何十年も前の記憶を、映像も感情もまるごと連れてくる。誰にでも覚えのある、あの現象には名前があります。プルースト効果。紅茶に浸したマドレーヌの香りから幼少期の記憶があふれ出す、マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」の場面にちなんだ呼び名です。今日は、香りと記憶の話。そして、サウナと薪ストーブの家が、家族の記憶に何を残すかという話です。

嗅覚だけが、特別扱いされている
五感の中で、嗅覚だけは、脳の中で特別な経路を通っています。視覚や聴覚の情報が、いったん視床という中継点で整理されてから届くのに対し、匂いの信号は、感情をつかさどる扁桃体と、記憶をつかさどる海馬へ、ほぼ直行する。だから匂いの記憶は、理屈抜きで、感情ごと蘇るのです。しかも長持ちします。顔や名前は忘れても、祖母の家の匂いは、何十年たっても一発で分かる。匂いは、脳のいちばん深い棚に仕舞われる記憶なのです。ある匂いで、思いがけず涙ぐんでしまうことがあるのも、この直通路のなせるわざです。
プルースト現象という、名前のついた奇跡
この結びつきは、いまでは心理学で「プルースト現象」と呼ばれ、まじめな研究の対象になっています。興味深いのは、言葉や写真で思い出すときより、匂いをきっかけに蘇る記憶のほうが、感情の生々しさや懐かしさが強いと報告されていること。しかも、幼い頃に覚えた匂いほど、深く長く残るとも言われます。つまり、子ども時代に家じゅうに満ちていた匂いは、その子の一生の「記憶の鍵束」になる。どんな匂いの家で育つかは、静かに、けれど確かに、人の一生へ効いていくのです。大人になってからでも、新しい匂いは新しい記憶と結びついていきます。これから家に満たしていく匂いを選ぶことに、大きな意味があるわけです。
サウナの香りが、懐かしい理由
初めて本格的なサウナに入ったのに、なぜか懐かしい。そう言う方が、少なくありません。木の香り、蒸気の匂い、かすかな煙。これらは、木の校舎、風呂屋、祖父母の家、焚き火といった、多くの日本人の原体験の匂いと重なっています。サウナの香りは、新しい体験のふりをして、実は古い記憶の扉を叩いている。あの「初めてなのに帰ってきた感じ」の正体は、たぶんこれです。ヴィヒタに使う白樺や、フィンランドのタール(テルヴァ)の香りに、なぜか胸が鳴るのも、同じ仕組みでしょう。木の香りには心を落ち着かせる働きがあることも、森林浴の研究などで知られています。懐かしさと安らぎが同時に訪れるのが、サウナの香りの得なところです。(森の香りの話は、こちら。)
わが家の匂いを、仕込んでいる
ここからが、今日いちばん伝えたい話です。薪ストーブとサウナのある家は、匂いの記憶を、毎日仕込んでいる家です。朝の着火の薪の香り、天板の味噌汁、サウナの木とロウリュの蒸気、ヴィヒタの白樺。子どもたちは、この匂いの中で育ちます。そして何十年か先、どこか遠くの街で、ふと薪の煙やサウナの木の香りに出会ったとき、その子の胸に、実家の冬がまるごと蘇る。楽しかった記憶は薄れても、匂いの鍵は残り続けます。家の匂いは、親が子に残せる、いちばん息の長い贈り物のひとつだと思うのです。(家族の記憶の話は、写真に残らない時間にも。)
いい匂いの家を、つくりませんか
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写真: LPfi (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)



