薪ストーブの煙のにおいは、焚いている本人より、近所の人のほうがよく気づきます。冬の夕方、ふと漂ってくるあのにおいは、何でできているのか。なぜ、燃やし方によって強くなったり消えたりするのか。そして、なぜ本人は気づきにくいのか。木の化学から鼻の仕組みまで、順にたどります。
白い煙の正体や、天気と地形による煙の行き先は「薪ストーブの煙、ご近所は大丈夫?」に書きました。この読みものは、においに絞ります。
木は、三つの成分でできています
木は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンという三つの成分でできています。セルロースとヘミセルロースは糖がつながった繊維で、リグニンはその繊維どうしを固める接着剤のような役目をしています。熱を受けると、三つはそれぞれ違う温度で分解し始めます。よく引かれる研究では、ヘミセルロースは220〜315℃、セルロースは315〜400℃で分解が進み、リグニンはもっと広い温度の幅でゆっくり分解するとされています。
分解してできたガスが炎の中で燃えきれば、残るのは二酸化炭素と水です。燃えきらずに煙突から出ていったガスが、においのもとになります。薪はガスになってから燃える、という話は燃焼の原理の読みものに詳しく書きました。
煙のにおいの主役は、リグニンから生まれます
煙のにおいの成分には、アルデヒド、ケトン、酸、フェノール類など、たくさんの物質が混ざっています。なかでも「煙らしい」においを決めているのが、リグニンの分解からできるフェノール類です。代表がグアイアコールで、燻製やウイスキーの煙っぽい香りのもとにもなる物質です。
グアイアコールは、ごくわずかな量でにおいます。オーストラリアのワイン研究所の資料では、水に溶かしたグアイアコールは、1リットルに0.84マイクログラムあれば人がにおいを感じるとされています。25mプールの水(約300トン)に、わずか0.25gを溶かしたほどの濃さです。クレゾールなどの仲間も、似た薬のようなにおいを持ちます。一つ一つは感じられないほど薄くても、いくつか重なるとにおうことも分かっています。
| におい成分 | においの印象 | においを感じる最低の濃さ(水1Lあたり) |
|---|---|---|
| グアイアコール | 煙・薬のよう | 0.84マイクログラム |
| p-クレゾール | タール・薬のよう | 3.9マイクログラム |
| m-クレゾール | タール・薬のよう | 15マイクログラム |
| 4-メチルグアイアコール | 煙・丁子 | 21マイクログラム |
※ オーストラリアワイン研究所(AWRI)の資料による。空気中の値とは異なります。
木を燃やしきるには、たくさんの空気が要ります
木の成分を元素で見ると、乾いた木のおよそ半分が炭素、6%ほどが水素、残りの多くが酸素です。炭素は酸素と結びついて二酸化炭素に、水素は水になります。乾いた木1kgを燃やしきるのに要る酸素を計算すると、木がもともと持っている酸素を差し引いても約1.4kg、空気にすると約5.9kg、20℃でおよそ4.9立方メートルです(当社の計算)。畳1枚の上に、高さ3m近く積み上げたほどの空気です。
空気の入口を絞りすぎると、この空気が足りなくなります。木は炉の熱で分解し続けるのに、できたガスを燃やす酸素がありません。においの成分は、こうして燃え残ったガスの中にあります。炎が元気に立っているかどうかは、空気が足りているかどうかの目印です。
くすぶる火ほど、においます
炎が立ち、炉の中が高い温度に保たれていれば、分解でできたガスの多くはその場で燃えて、二酸化炭素と水になります。においの成分も、燃えきってしまえば残りません。
空気を絞りすぎた火や、湿った薪の火は、炎が小さく、炉の温度が上がりません。木は熱で分解し続けるのに、できたガスを燃やしきる温度と酸素が足りません。燃えきらなかったガスが、そのまま煙突から出ていきます。大気化学の研究でも、燃え方の良さを示す指標が低い、くすぶるような燃焼ほど、有機物の排出が大きく増えることが報告されています。
カナダ政府の住宅用薪暖房のガイドは、青みがかった灰色の煙を出すくすぶりが、薪暖房による大気汚染の主な原因だとしています。アメリカの環境保護庁(EPA)の認証を受けたストーブは従来型より煙を最大90%減らし、焚き方を覚えるだけでも煙を最大で半分ほど減らせる、とも書いています。においも、同じ燃え残りから生まれます。
においを減らすのは、乾いた薪と高い温度です
環境省の『木質バイオマスストーブ環境ガイドブック』は、薪の含水率が高いと不完全燃焼が起こりやすく、粒子状物質や一酸化炭素などが多く出るとして、含水率20%程度以下の薪をすすめています。同じガイドブックは、近所から煙やにおいの苦情が出る原因として、乾いていない薪、低い煙突、煙突の出口の近くに隣の家の窓があることなどを挙げています。
| においが強くなるとき | 理由 | 当社のおすすめ |
|---|---|---|
| 焚き付けの直後 | 炉と煙突が冷えていて、ガスが燃えきらない | 細い薪と十分な空気で、一気に温度を上げる |
| 湿った薪を入れたとき | 水を蒸発させるのに熱を取られ、炉が冷える | 含水率20%以下の薪を使う。割って風通しのよい場所で乾かす。ナラなどの広葉樹なら1年以上 |
| 寝る前に空気を絞ったとき | 炎が消えてくすぶり、分解だけが続く | 絞る前に炎を立て、熾火の状態にしてから少しずつ絞る |
| 薪を一度に入れすぎたとき | 炉の温度が下がり、空気が足りなくなる | 薪は少なめに、こまめに足す |
煙の色は、燃え方を知る手がかりになります。カナダ政府のガイドは、煙突から出るものは澄んでいるか白いのが正常で、青や灰色の煙はくすぶりや燃焼不良のしるしだとしています。外に出て煙突の先を見る習慣をつけると、自分の火がにおいを出していないかを確かめられます。
冬の朝は、空気にふたがかかります
晴れて風の弱い冬の夜は、地面の熱が空へ逃げて、地面の近くの空気が冷えます。気象庁はこれを放射冷却と呼び、上空ほど気温が高くなる空気の層を逆転層と呼んでいます。逆転層ができると、地面近くの冷たく重い空気の上に暖かい空気がふたのように乗り、煙は上へ広がらずに低いところにたまります。アメリカのノースカロライナ州の環境部局は、雪が積もっていると逆転層が強くなると説明しています。
盛岡のような盆地の冬の朝は、まさにこの条件がそろいやすくなります。朝の焚き付けは煙がいちばん出やすい時間でもあるので、乾いた薪で手早く温度を上げることが、近所へのいちばんの気づかいになります。
自分の家のにおいに、鼻は慣れていきます
同じにおいをかぎ続けると、人の鼻はだんだんそのにおいを感じなくなります。においへの慣れについての研究をまとめた総説では、同じにおいに繰り返しさらされると反応が下がり、その慣れは速く進み、鼻の受け手よりも脳の側で先に起きるとされています。
毎日火を焚いている人は、自分の家の煙のにおいに慣れているはずです。近所の人は、たまに漂ってくるにおいを新しいにおいとして感じます。焚く本人が「においはしない」と思っていても、近所では気づかれている。そう考えておくのが安全です。ときどき家から離れたところまで歩いて、風下で自分の煙をかいでみてください。
においの少ない火は、よく燃えている火です。乾いた薪、高い温度、十分な空気。その火は暖かく、薪も少なくて済み、煙突も汚れません。近所に気持ちよく暮らしてもらうことと、薪ストーブを上手に焚くことは、同じところに行き着きます。
関連するページ:家と薪ストーブは、熱と水と空気でつながっている・薪ストーブの熱効率は、どう測るのか・冬の家は、一本の煙突になる・焚き付けの読みもの・薪のこと
参考:環境省『木質バイオマスストーブ環境ガイドブック』(平成24年、PDF)、Australian Wine Research Institute「Sensory impact of smoke exposure」(AWRI)、Atmospheric Chemistry and Physics 19巻1013ページ(2019年、ACP)、カナダ住宅金融公社(CMHC)『A Guide to Residential Wood Heating』(2008年)、米国環境保護庁 Burn Wise(EPA)、気象庁 予報用語(気温)、NC DEQ(冬の大気)、Pellegrino ほか「Habituation and adaptation to odors in humans」Physiology & Behavior 177巻(2017年)、木の成分の分解温度は Yang ほか Fuel 86巻(2007年)による。