「ねえ、なんで息が白くなるの?」。冬の朝、子どもに聞かれて、正確に答えられますか。今日は、白い息の科学。前回の結露の話(こちら)の続編で、実はあれも、まったく同じ現象なのです。そして、話は外気浴の湯気へとつながっていきます。

白い息は、口から出る小さな雲
吐く息は、体温で温められ、水蒸気をたっぷり含んでいます。それが冷たい外気に触れると、抱えきれなくなった水蒸気が、ごく小さな水の粒に変わる。この無数の粒が光を散らして、白く見える。つまり白い息の正体は、口から出た小さな雲です。水蒸気が水の粒に戻ることを、理科の言葉で凝結と呼びます。夏に息が白くならないのは、外気が温かくて、水蒸気が水蒸気のままでいられるから。子どもへの答えは、「息の中の見えない水が、寒さで小さな水のつぶつぶになって、雲みたいに見えるんだよ」で満点です。
雲も霧も湯気も、同じ仲間
この凝結が分かると、冬の景色が急に読めてきます。空の雲、朝の霧、やかんの湯気、飛行機の白い尾。あれらは全部、水蒸気が冷えて粒に戻った、同じ現象の別の顔です。空気が抱えられる水蒸気の量は温度で決まり、抱えきれなくなる境目を露点と言います。露点を下回った瞬間に、見えない水が、見える白さに変わる。冬は、その切り替わりが、そこら中で起きている季節。息も、湯気も、霧も、窓の結露も、みんな親戚どうしなのです。ひとつ仕組みが分かると、全部が地続きに見えてきます。
何度から白くなる?
目安として、息が白く見えはじめるのは気温十三度前後からと言われます。ただし、湿度が高いほど白くなりやすく、乾燥していると同じ気温でも白くなりにくい。同じ零度でも、しっとりした朝は真っ白、からからの日は薄い。白い息は、気温と湿度の合わせ技の表示なのです。だから、息の白さの濃さで、その朝の空気の湿り具合まで、なんとなく分かるようになります。しばれる朝(方言の話)の白い息は、濃く、長く、堂々としています。
ダイヤモンドダストという、冬の宝石
さらに冷え込むと、息の粒が凍って、きらきらと光ることがあります。空気中の水分が凍った細氷が、朝日を受けて宝石のように舞う現象を、ダイヤモンドダストと呼びます。おおむね氷点下十度以下の、よく晴れて風の弱い朝に現れる、冬のごほうびです。盛岡近郊の藪川あたりは、本州でも指折りの寒さで知られる土地。しばれる朝に、白い息とダイヤモンドダストが同時に見られたら、その日は大当たりです。厳しい寒さは、こういう景色を、そっとおまけにくれます。凍った霧の粒が木々を白く飾る樹氷や、川面から湯気の立ちのぼる気嵐も、同じ冬の贈り物。寒い土地ほど、朝の景色はにぎやかで、豊かになります。
外気浴は、雲工場である
そして、サウナーの冬の楽しみです。火照った体で外気浴に出ると、白い息どころではありません。体全体から、湯気がもうもうと立ちのぼる。あれは、汗と体表の水分が蒸発し、冷気で一斉に粒に戻っている姿。つまり全身で雲を作っている状態です。雪の夜、月明かりの下で、自分の体から立つ湯気を眺める(こちら)。息の雲と体の雲の共演は、冬の外気浴だけの、ささやかな天体ショーです。
冬の科学を、楽しむ家へ
白い息、窓の結露、雪の音、ダイヤモンドダスト。冬は、科学の小話の宝庫です。岩手・盛岡のD'STYLEは、冬が楽しくなる暮らしの道具屋として、こうした小話も一緒にお届けしています。子どもの「なんで?」に、笑顔で答えられる冬を。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Stephan van Helden (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



