設置から十年を超えるお客様の家では、子どもたちが次々と大人になっていきます。進学で、就職で、家を出ていった子たち。帰省の時期にメンテナンスで伺うと、その「大きくなった子どもたち」と話す機会があります。火の家に育った子は、何を覚えているのか。聞かせてもらった話を、今日は集めてみました。
覚えているのは、自分の役割だった
意外なことに、彼らが最初に語るのは、炎の美しさではありません。自分の係の話です。「俺、焚き付け係だったんですよ。新聞紙のねじり方、今でもできます」「薪運び、きょうだいで押し付け合ったなあ」。面倒だったはずの役割が、笑いながら語られる一番の思い出になっている。役割は、参加の記憶です。自分がこの家の火を支えていたという手応えは、十年経っても消えていませんでした。(係の話は、こちら。)
火のそばに、家族が集まっていた
思い出話を聞いていて、もう一つ気づくことがあります。彼らの記憶の中で、家族はいつも火のそばにいた、ということです。宿題も、食後のだんらんも、来客のもてなしも、みんなストーブの前。暖かい一点に、家族が自然と引き寄せられていました。家じゅうが均一に暖かい家では、家族はそれぞれの部屋に散っていきがちです。火のある家に「みんなで一緒にいた時間」が多いのは、暖かさが一か所に灯る、その求心力のおかげ。火は、暖房であると同時に、家族を集める磁石でもあったのです。
都会で、匂いに撃たれる
次に多いのが、匂いの話です。「進学した街で、どこかの家の薪の煙の匂いがして、急に実家に帰りたくなった」。焚き火の匂い、朝の着火の匂い、ストーブで乾かした服の匂い。匂いの記憶は、理屈抜きで感情ごと蘇ります。ある子は「アパートの暖房、あったかいのに、なんか違うんですよね」と言いました。あの「なんか」の中身が、輻射の質と、火の気配なのだと思います。(匂いと記憶の話は、こちら。)
帰省の夜の、定位置
そして、帰省した彼らは、まっすぐストーブ前の定位置に座ります。「ここ、俺の場所だったんで」。実家の火の前は、何歳になっても、その子の指定席です。深夜、親が寝たあと、一人で火を見ていたという話も、複数の家で聞きました。受験の冬、進路に悩んだ夜。火の前は、家の中の、ひとりになれる場所でもあったのです。サウナのある家の子は、これに「親父と入ったサウナ」の記憶が加わります。裸の会話の中身は教えてくれませんでしたが、いい顔で笑っていました。
火をあつかえる、という自信
もう一つ、巣立った子たちに共通するものがあります。静かな自信です。マッチをすり、薪を組み、炎を育て、灰を始末する。危ないものを任され、扱いきってきた経験は、その子の中に「自分は、できる」という手応えを残します。便利なスイッチだけで育つより、少し手のかかる火と付き合った子のほうが、いざというとき物事に動じにくい。火の番は、口で言うしつけではなく、体でおぼえる自立の稽古でした。この贈り物は、進学や就職の先々まで、その子を静かに支え続けます。手を動かして何かを成し遂げる喜びを、火は毎日の暮らしの中で、言葉を使わずに教えてくれる。便利なだけの時代に、あえて手のかかるものと過ごした時間は、その子の一生の、静かな底荷になります。
いちばんの後悔は「もっと早く」
親御さんたちがよく言う言葉があります。「子どもが小さいうちに入れて、本当に良かった」。火の記憶は、子どもが家にいる年数分しか、積めません。岩手・盛岡のD'STYLEは、その限りある年数のための設置を、お手伝いしています。お子さんが巣立つ前に。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Manfred Werner - Tsui (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)



