冬は暗い季節、と私たちは言いがちです。日は短く、空は重く、夕方四時には薄暗い。でも、冬の光を注意深く見ている人は、知っています。冬こそ、光が一年でいちばん美しい季節だということを。今日は、冬の光の味わい方の話です。

低い太陽は、部屋の奥まで届く
冬の太陽は、空の低いところを通ります。夏の高い日差しが窓辺で止まるのに対し、冬の低い光は、部屋の奥まで、ななめに深く差し込む。床に長く伸びる窓の形の陽だまりは、冬だけの現象です。猫が真っ先に見つけて丸くなる、あの光の四角。あそこが、冬の家のいちばん贅沢な席です。ストーブの熱と、窓の陽だまり。輻射熱ダブルの昼下がりに、うたた寝以外の正解はありません。(ととのい昼寝の話は、こちら。)
低い光は、地球のかたむきの贈り物
冬の太陽がなぜ低いのかといえば、地球の地軸が公転面に対しておよそ23.4度かたむいているからです。このかたむきのおかげで、北半球は冬に太陽へ背を向ける側になり、日は短く、南の空の低いところを弧を描いて通ります。同じ理由で、いちばん昼の短い冬至を境に、光は少しずつ戻ってくる。窓辺の陽だまりが冬だけ部屋の奥まで伸びるのも、この星のかたむきが描く、季節の造形です。当たり前に見える冬の光景の裏側で、天文の理屈が一つ、静かに働いているのです。星のかたむきが季節の光を描いていると思うと、窓辺の小さな陽だまり一つも、なんだか愛おしく見えてきます。
雪は、天然のレフ板です
雪国の冬には、もう一つの光源があります。積もった雪の照り返しです。一面の雪は、太陽の光を反射して、部屋の天井までも下から明るくする、天然のレフ板。雪の晴れた日の部屋の明るさは、独特のものです。曇りの日でさえ、雪あかりで外はほの明るい。「雪国の冬は暗い」は、半分だけの真実で、雪のある景色は、雪のない冬枯れの景色より、ずっと明るいのです。夜の雪あかりの外気浴も、この反射の恵みです。(月夜の雪の話は、こちら。)
光に焦がれる、北の国の灯り
光の少ない冬を、北の国々はどう過ごしてきたのでしょう。北極圏には、冬に太陽がほとんど昇らない極夜の季節があります。北欧では、窓辺のろうそく、点々とともる街の明かり、暖炉の炎を、日本以上に大切にしてきました。少ない光を、慈しんで使う文化です。そして春が近づき、光が長く戻ってくる喜びは格別のもの。光を当たり前と思わず、一筋の明るさをありがたく味わう感性は、雪と長い冬に暮らす私たちにも、どこか通じるものがあります。冬の一日のなかで光の表情を追いかけるのも、雪国ならではの贅沢な遊びです。朝の斜めの光、真昼の雪の照り返し、夕暮れの茜。同じ日はひとつとしてなく、毎日が小さな光のショーなのです。
夕方四時の、茜の時間
そして、冬の光のクライマックスは、夕暮れです。低い太陽は、日中からすでに夕方の柔らかさで、四時を回ると、世界を長い茜色に染めます。岩手山のシルエット、雪原のピンク、家々の窓の照り返し。日没が早いことを嘆くより、この茜の時間に間に合う暮らしを喜びたい。夏なら仕事中に終わってしまう夕焼けが、冬は暮らしの中にある。夕方のサウナの外気浴を、この時間に合わせるのは、冬のサウナーの粋な時間割です。
光を迎えて、火で継ぐ
茜が藍に変わったら、部屋の主役は、太陽から火へ交代です。窓の光で始まり、炎の灯りで暮れる一日。電灯だけの家には、この光の物語がありません。岩手・盛岡のD'STYLEは、冬の光と火の灯りの二重奏の家をお手伝いしています。暗い季節を、光の季節に読み替える暮らし、始めませんか。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: G. Hüdepohl (atacamaphoto.com)/ESO (Wikimedia Commons, CC BY 4.0)



