冬になると、どこか後ろめたさを感じませんか。休日、家から出たくない。出かける予定を入れる気力がない。「冬だからって、だらだらしてはいけない」という声が、頭のどこかで鳴る。今日は、その声に反論する話です。こもる冬は、悪くない。むしろ、理にかなっています。
生き物は、冬に無理をしない
森を見てください。熊は穴にこもり、リスは蓄えを食べ、木々は葉を落として休眠します。冬に活動を落とすのは、北の生態系の標準戦略です。人間だけが、電灯と暖房を手に入れて、夏と同じ速度で冬を走ろうとする。でも体は正直で、冬は眠く、腹が減り、出不精になる。あれは怠けではなく、何万年の冬を生き延びてきた体の、正常な季節反応です。逆らい続けるから、冬はつらい。乗ってしまえば、冬は休息と蓄えの季節になります。
北欧の冬ごもり、ヒュッゲに学ぶ
冬ごもりの達人は、北欧にいます。デンマークの人々が大切にする「ヒュッゲ」という言葉は、ろうそくの灯り、温かい飲み物、気の置けない人とのくつろぎといった、居心地のよい時間そのものを指します。日照時間の短い長い冬を、暗くつらいものではなく、こもってこそ味わえる幸福の季節へと読み替える。この構えが、北欧を幸福度の高い国の常連にしている土台の一つと言われます。緯度でいえば、北海道よりずっと北。寒くて暗い冬を、彼らはむしろ得意分野にしているのです。暗さを嘆くより、灯りを楽しむ。この構えは、私たちが学べるところの多い、冬の達人の作法です。
こもるなら、いい巣で
冬ごもりの質は、巣の質で決まります。せっかくこもるなら、いい巣で。暖かさの軸は火。輻射熱の部屋は、こもる体を芯から緩めます。退屈しない仕掛けは、本と手仕事と鍋とレコード(この読み物で書いてきた夜の楽しみは、ぜんぶ冬ごもりの装備です)。そして、こもりつつ体を整える装置が、サウナ。運動不足になりがちな冬ごもりの弱点を、汗と温冷交代が補ってくれます。動かない冬でも、めぐりだけは回しておく。これが人間流の、賢い冬ごもりです。(雪の日の家の楽しみは、こちら。)
日本にも、冬構えの文化がある
もちろん、こもって冬を楽しむ知恵は、日本にも豊かにあります。囲炉裏を囲み、こたつに足を入れ、雪囲いで家を守り、障子越しの雪あかりを愛でる。東北の家には、冬を敵にせず、じっと寄り添って越すための工夫が、いくつも重なっていました。夜なべの手仕事、藁を綯う指先、家族で囲む鍋。冬ごもりは、退屈な足止めではなく、この土地が長い時間をかけて磨いてきた、季節との上手な付き合い方だったのです。雪に閉ざされる時間があったからこそ、東北には語りや神楽、こまやかな手仕事の文化が濃く育ちました。外へ出られない不自由が、内側の豊かさを育てる。こもる季節は、暮らしに深みを与える、大切な発酵の時間でもあったのです。
春に向けて、蓄える季節
冬ごもりは、停滞ではありません。木々は休眠の間に、春の芽を準備しています。人間の冬ごもりも同じで、よく休んだ冬の先には、身の軽い春が来ます。読んだ本、仕込んだ味噌、編んだ毛糸、深く眠った夜々。こもって蓄えたものは、春に芽を出します。「今年の冬は、よくこもった」と胸を張って言える冬を。それには、こもりたくなる家が要ります。(春待ちの話は、こちら。)
いい巣づくり、お手伝いします
岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーン、バーモントキャスティングス、ハルビアの正規代理店として、こもりがいのある巣づくりをお手伝いしています。冬を走り抜ける家ではなく、冬を味わい尽くす家を。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: W.carter (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



