お盆や正月、帰省した同級生から連絡が来る。「久しぶりに会うか」。うれしい半面、少し身構える自分もいます。十年分の近況、変わった立場、変わらない話題があるかどうかの、あのそわそわ。今日は、その再会の場所の話です。結論から言えば、久しぶりの再会は、居酒屋よりサウナが効きます。

居酒屋の再会が、時々すべる理由
再会の定番は飲み会ですが、久しぶりすぎる相手との酒席は、時々すべります。まず、近況報告という名の、そこはかとない比べ合いが始まる。仕事は、家は、子どもは。悪気はなくても、テーブルを挟んで向き合う構図は、どこか面接に似てしまいます。酒の勢いで距離を詰めようとして、昔の呼吸を思い出す前に、時間切れ。「また会おうな」で解散する、あの少し寂しい感じ。場所と姿勢が、再会の質を、静かに決めているのです。
横に並ぶと、人は話せる
心理学の世界では、向き合って座るより、横に並んで同じ方向を見るほうが、人は本音を話しやすい、と言われます。車の助手席や、釣りの岸辺、バーのカウンター。打ち明け話が、なぜかああいう場所で出るのは、目を合わせ続けなくていいからです。向き合う姿勢は、無意識のうちに、対決や評価の構えを生みます。横並びは、同じものを一緒に眺める、仲間の姿勢。サウナのベンチは、まさに、この横並びです。同じ熱に耐え、同じ蒸気を浴びる。それだけで、身構えの角が、少しずつ取れていきます。しかも、話が途切れても、気まずくない。会話を続けなくてはという焦りは、多くの場合、向き合った席の緊張から生まれます。サウナでは、黙って同じ蒸気を浴びているだけで、時間がちゃんと流れていく。沈黙が、罰にならない場所なのです。
サウナには、比べるものがない
サウナは、比べ合いの構図を、最初から壊してくれます。まず、裸です。時計も、車の鍵も、役職も、脱衣所のロッカーの中。熱い部屋では、持ち物での比べ合いが、物理的に不可能になります。そして、共通の敵である熱さと、共通の快感である水風呂が、即席の連帯を作る。「あっつ」「もう限界」「うわ、冷たっ」。気づけば、語彙が中学生に戻っている。あの頃の呼吸に戻るのに、サウナなら、ほんの数分です。(沈黙が気まずくない話は、こちら。)
外気浴で、本当の近況が出る
そして、外気浴。ととのって、ぼんやり空を見ながらの会話は、居酒屋の三時間より深いところに、するりと届きます。順風の自慢ではなく、実はしんどかった話。親のこと、体のこと、これからのこと。裸で汗を流したあとの人間は、見栄の続きが、うまくできません。十年ぶんの距離は、近況を並べ立てても、なかなか縮まりません。けれど、同じ熱にやられて、同じ水に叫んで、同じ空をぼんやり眺めたあとなら、言葉は少なくても、ちゃんと通じ合える。体験を共にした時間そのものが、いちばんの近況報告になるのです。帰り際の「また会おうな」が、社交辞令でなくなる。これが、再会サウナの、いちばんの効能です。(サウナで本音が出る話は、サウナ映画の話でも。)
帰省の受け皿に、家のサウナを
そして、家にサウナがあれば、あなたの家が、同窓会の会場になります。「うち、サウナあるから来いよ」。この一言の集客力は、なかなか強力です。サウナのあと、そのまま宅飲みへ。終電も、店の閉店時間もない、延長戦し放題の再会。盆と正月が、ちょっと楽しみになります。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビア岩手県正規代理店として、旧友の集まる家づくりを、お手伝いしています。次の帰省シーズンまでに、会場の準備を。(もてなしの話は、こちら。)
写真: JIP (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



