三陸の海の話(こちら)の続きで、海沿いを走るあの鉄道の話をさせてください。三陸鉄道、通称さんてつ。リアス海岸を縫って走るローカル線には、この読み物が放っておけない冬の名物があります。こたつ列車です。

車内にこたつ、窓に海
冬のこたつ列車は、座席の代わりにこたつが並ぶ特別車両です。靴を脱いで、こたつに足を入れ、みかんでもむきながら、窓の外には冬の太平洋。トンネルを抜けるたびに現れる入り江と水平線を、日本一あたたかい特等席から眺める。日本の冬の幸福の型・こたつ(こちら)を、走る車両に持ち込んだ発明です。車内には、なまはげ(こちら)の親戚にあたる、三陸の来訪神「なもみ」が現れて子どもを泣かせる演出も。あたたかさと小さな恐怖のセットまで、北国の冬の正しい構成です。
一九八四年、第三セクターの一番星
さんてつの経歴は、少し誇らしいものです。一九八四年、赤字で切り離されかけた国鉄の路線を地元が引き受け、全国初の第三セクター鉄道として走りはじめました。以後、日本各地に生まれていく「地域が支える鉄道」の、いわば一番星です。開業の日、沿線には祝いの旗が並び、車両には人がぎっしり乗ったと伝わります。もうかるから走らせるのではなく、この土地に線路が要るから走らせる。その最初の一歩を、三陸の人たちが踏み出しました。海と山に挟まれた細い平地を鉄道が結んでいること自体が、この土地の意地のようなものでした。開業から四十年あまり、駅弁や地酒、こたつ列車のような遊び心を総動員して、さんてつは走り続けてきました。
さんてつは、走り続けたことが物語
そして震災。線路も駅も橋梁も大きな被害を受けながら、さんてつは被災からわずか数日で一部区間の運行を再開し、しばらく無料で走らせました。まだ余震の続く沿線に、いつもの車両がいつものように現れる。「列車が走っている」ことそのものが、どれほど人を励ますか。さんてつは、それを身をもって証明した鉄道です。二〇一四年には南北のリアス線が復旧し、駅も車両も全国からの支援に支えられました。全国から届いた励ましの声は、いまもこの鉄道の追い風になっています。走り続けること。それが、この鉄道のいちばんの物語です。
一本につながった、リアス線
二〇一九年、宮古と釜石の間の路線が三陸鉄道に引き継がれ、盛から久慈までがひとつの「リアス線」につながりました。総延長はおよそ百六十三キロ。第三セクターの鉄道としては日本最長です。車窓は、トンネルと入り江の連続。長い闇を抜けると、いきなり水平線が広がる、あの落差がたまりません。景色のよい鉄橋では列車がゆっくり速度を落とし、乗客に海を見せてくれます。海がいちばん近づく区間では、車内から思わず声がもれます。朝ドラ「あまちゃん」の舞台としても親しまれ、久慈の海女さんたちの土地を、潮風の匂いをのせて、今日ものんびり走っています。
鉄道旅は、ととのいに似ている
ローカル線の旅は、サウナに似ています。スマホより窓の外、速さより揺れ、目的地より道中。ことことという振動と海の景色に、頭がゆっくりほどけていく。こたつ列車で三陸を往復し、宿の湯とサウナで締める冬の小さな旅は、サ旅岩手(こちら)の海側コースとして一級品です。うに弁当やホタテの駅弁が、湯気を立てて、車内のこたつで待っています。
こたつと火の、県で
こたつ列車の走る県で、私たちは家のこたつと薪ストーブとサウナを応援しています。岩手・盛岡のD'STYLEへのご相談は、いつでもどうぞ。この冬は、こたつで海を見に行きませんか。
写真: そらみみ (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



