この読み物、岩手の話を中心にしてきましたが、北東北は地続きの文化圏です。今日からときどき、お隣の秋田と青森の火と蒸気の話も織り込んでいきます。第一回は、秋田の大物。男鹿のなまはげです。実はあの鬼のような来訪神、語源をたどると、囲炉裏の火に行き着くのです。

「なまはげ」の語源は、ナモミ剥ぎ
大晦日の夜、「泣ぐ子はいねがー、怠け者はいねがー」と家々を巡るなまはげ。その名の語源は「ナモミ剥ぎ」とされています。ナモミとは、囲炉裏の火に長くあたり続けた人の脛や手にできる、低温やけどの赤い斑のこと。つまりナモミは「冬じゅう火のそばでごろごろしていた証拠」であり、なまはげは、その怠けの印を剥ぎに来る神様なのです。手にした包丁と桶は、ナモミを剥ぎ取るための道具。あの恐ろしい姿の正体は、「火のそばで怠けるな、体を動かせ」という、囲炉裏の時代の生活指導でした。民俗というのは、面白いものです。
大晦日の夜の、ほんとうのなまはげ
本場、秋田県の男鹿半島では、なまはげは今も生きた行事です。大晦日の晩、若者たちが鬼の面をかぶり、ケデと呼ばれる藁の装束をまとって、集落の家々を一軒ずつ訪ねる。家の主人は正装で迎え、酒や餅でもてなし、「うちの嫁はよく働く」などと問答を交わして、なまはげを送り出します。叱りに来る神を、あえて丁重にもてなす。この緊張と笑いの同居が、行事の醍醐味です。男鹿のナマハゲは、2018年に「来訪神 仮面・仮装の神々」の一つとして、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。囲炉裏の火だこから生まれた神様が、世界の宝になったのです。
火のそばの怠けは、万国共通だった
裏を返せば、ナモミができるほど火の前を動かない人が、昔からいくらでもいた、ということです。分かります。囲炉裏でも薪ストーブでも、火の前は動きたくなくなる場所です(特等席の話)。低温やけどの心得は現代も同じで、ストーブの至近距離で長時間同じ姿勢、は今も気をつけたいところ。ペットの低温やけどの話(こちら)と同様、人間も「心地よい距離で、時々動く」が鉄則です。なまはげに剥がれる前に、自主的にどうぞ。
来訪神は、暮らしの点検者
なまはげは、怠けを戒めるだけでなく、災いを払い、豊作や健康の祝福も置いていく神様です。年の変わり目に、家の暮らしぶりを点検されて、襟を正す。裸参り(こちら)やどんと祭(こちら)と同じ、暮らしと火を律する冬の民俗の系譜です。厳しい冬を無事に越すための知恵が、こわい神様の姿を借りて受け継がれてきた。北東北の冬の文化は、火のまわりに実に豊かに実っています。
来訪神は、全国に仲間がいる
年の変わり目に異形の神が家々を訪れる行事は、実は男鹿だけのものではありません。2018年にユネスコ無形文化遺産へまとめて登録された「来訪神」には、全国十の行事が名を連ねています。石川県能登の「アマメハギ」は、なまはげとよく似て、囲炉裏だこ(アマメ)を剥ぐ神。鹿児島県甑島の「トシドン」、岩手・三陸の「スネカ」も同じ仲間です。名前も姿も土地ごとに違いますが、根っこにあるのは「怠けを戒め、災いを払い、福をもたらす」という共通の願い。厳しい季節を無事に越したいという人の祈りが、日本各地で、こわくて温かい神の姿を生みました。囲炉裏の火から生まれたなまはげは、その代表選手なのです。
火のそばで、ほどよく怠けましょう
岩手・盛岡のD'STYLEは、なまはげに叱られない程度に火のそばで怠けられる、幸せな家をお手伝いしています。ナモミの語源話、火の前の小噺にどうぞ。ご相談、いつでもお待ちしています。
写真: Feri88 (Wikimedia Commons, CC BY 3.0)



