五所川原の話 立佞武多と、地吹雪と、ストーブ列車
五所川原の本格的な開拓は、津軽藩の時代、1665年の五所川原新田の開拓から始まったと市は伝えています。岩木川の舟運で米が集まる土地になり、明治11年に北津軽郡役所が置かれ、明治31年に町になりました。大正7年に陸奥鉄道、昭和5年に津軽鉄道が通り、西北津軽の品物が集まる「商都五所川原」として育ちました。1954年に周りの6村と合わさって市になり、2005年3月28日に金木町・市浦村と合併して、いまの五所川原市になっています。旧市浦村の区域は、中泊町をはさんだ飛び地です。
夏は立佞武多です。明治の中ごろから後期、豪商や大地主が高さを競って大きなねぷたを作り、高さ約21mの山車を数百人の若者が担いで練り歩いたといわれます。大正に入ると町に電線が張られ、ねぷたは小さくなっていきました。平成5年に、明治のころの巨大ねぷたの台座の設計図が見つかり、平成8年に市民の手で高さ16mの立佞武多がよみがえりました。市は電線を地中に移して運行を支え、平成10年の夏から運行が続いています。いまは高さ約23m、重さ約19tの山車が、毎年8月4日から8日まで「ヤッテマレ!」の掛け声で町を進みます。
冬の火の話なら、津軽鉄道のストーブ列車です。津軽五所川原から津軽中里までの20.7kmを走る鉄道で、全線が開業した昭和5年の12月から、客車にダルマストーブを置いて走らせてきました。戦争中の昭和19〜21年は物がなくて止まりましたが、昭和22年に再開し、いまも毎年12月1日から3月31日まで走っています。車内のストーブには石炭がくべられ、窓の外には地吹雪の景色が流れます。
金木は太宰治が生まれた町です。生家の旧津島家住宅(斜陽館)は、明治40年に太宰の父が建てた家で、米蔵まで青森ヒバで造られました。1階に11室、2階に8室あり、主屋や蔵、煉瓦塀は2004年に国の重要文化財になりました。金木は津軽三味線の生まれた土地ともいわれ、市の資料でも「津軽三味線発祥の地」と紹介されています。
古い農家の姿は、湊の旧平山家住宅に残っています。主屋は明和6年(1769年)ころの建物で、弘前藩の手代や大庄屋を務めた家の住まいです。県は、近世の津軽の農家としてこれに並ぶものはないと説明しています。主屋と表門は1978年に国の重要文化財になりました。持子沢には、築120年ほどの茅葺きの大きな農家を移した楠美家住宅もあります。
食べものは、十三湖のヤマトシジミ。十三湖は岩木川の河口にある、海水と淡水のまじる湖で、中世の十三湊の跡は国の史跡です。果肉も花も若葉も赤い「赤〜いりんご」(品種名・御所川原)は、五所川原市の出身の人が昭和14年から育てた品種です。市は県内でも指折りの米どころで、俵元の地区では、地元のもち米で干し餅を作ってきました。
津軽のまん中で、人が集まってくる町
2025年の国勢調査で、市の人口は47,462人、世帯は20,540でした。5年で7.7%減っています。65歳以上の人は38.6%、平均年齢は54.3歳です。65歳以上の一人暮らしは3,868世帯、三世代で暮らす家は1,478世帯あります。
市は津軽のほぼまん中にあり、青森市へは東に約25km、弘前市へは南に約23kmです。2010年までの国勢調査をまとめた市の都市計画マスタープランによると、市の外へ通う人より、市の外から通ってくる人のほうが多い町です。外へ通う先は、つがる市・青森市・弘前市が多く、通ってくる人はつがる市・鶴田町・中泊町から来ています。鉄道は、JR五能線の五所川原駅と、津軽鉄道の駅が市内に9つ。車では、2007年に使えるようになった津軽自動車道の浪岡五所川原道路で、浪岡の方へ出られます。
住宅地の公示地価の平均は坪3.7万円ほど(2026年)です。青森市の平均は坪11.2万円ほど、弘前市は坪8.7万円ほどなので、3分の1から半分ほどになります。市の税務概要では、固定資産税の税率は1.6%で、国の標準の1.4%より高めです。都市計画税は0.2%で、金木と市浦の地区は都市計画区域に入っていません。
子育てでは、0歳から高校生の年代(18歳になった年度末まで)まで、医療費の保険診療分を、親の所得に関係なく市が助成しています。2026年4月からは、0〜5歳の保育料と、3〜5歳の副食費(上限あり)を市が無償にしました。
市内には気象庁の五所川原の観測所があります。1991〜2020年の平年値で、1年に降る雪の合計は543cm、いちばん深く積もる雪は80cmです。1月と2月は、日最低気温の平均が−4.2℃です。冬は北西の季節風が強く、積もった雪が風で舞い上がる地吹雪を、市は冬の風物詩の一つとしています。風の強い冬の長い町なので、家の中にひとつ、しっかりした火があると暮らしが落ち着きます。
五所川原の家と、それぞれに合うストーブ
五所川原で伺う家は、おおまかに2つに分けられます。
五所川原へは、盛岡から約190km
D'STYLEの厨川ショールームから五所川原までは約190kmです。遠い町ですが、調べに伺った者がそのまま工事をし、毎年の掃除と点検も引き受けます。メンテナンスの出張費は、場所によって¥24,400〜¥32,400です。
五所川原市での写真つきの事例は、まだ載せていません。青森県内では、三戸町で薪ストーブの設置とメンテナンスを、八戸市で煙突掃除をしています。工事は社員が自分たちの手で行い、現場の者はJFSA認定技術者の資格を持っています。前に別の店で入れたストーブも、点検と掃除をお受けします。
家庭用サウナの設置工事も、薪ストーブと同じ社員がうかがいます。これまでのサウナの工事は、盛岡・雫石・奥州の施工事例に載せています。
家づくりの途中でも、建ってからでも、かまいません。まずは家を見せてください。冬の風の当たり方と暮らし方を聞いて、合う機種と煙突の通し方をご提案します。
ペレットストーブの設置も五所川原へ伺います。家庭用サウナのくわしいご案内は、当社のサウナ専門サイトハルビア岩手(五所川原市のサウナ設置)にあります。
出典:五所川原市「都市計画マスタープラン」(沿革・位置・気候・通勤・鉄道・道路)/e-Stat 市区町村の廃置分合(五所川原市)/五所川原市観光協会「立佞武多特集」(立佞武多の歴史)/立佞武多の館「立佞武多について」(高さ・重さ・日程・掛け声)/津軽鉄道「ストーブ列車」/津軽鉄道「会社案内」(区間・距離)/五所川原市の資料「主な半島資源」(ストーブ列車の石炭・津軽三味線)/五所川原市「太宰治記念館 斜陽館」/文化遺産オンライン「旧津島家住宅 主屋」/青森県「旧平山家住宅 主屋、表門」/文化遺産オンライン「五所川原市の国指定文化財」(十三湊遺跡)/五所川原市観光協会「楠美家住宅」/五所川原市観光協会「十三湖のしじみ」/五所川原市観光協会「赤〜いりんご 御所川原」/五所川原市観光協会「俵元の干し餅」/e-Stat「令和7年国勢調査 市区町村別の主な結果」/五所川原市「令和7年度 税務概要」(固定資産税・都市計画税)/五所川原市「子ども医療給付」/五所川原市「保育料・副食費無償化」/気象庁「五所川原 平年値」/地価は国土交通省の地価公示を集計した土地価格相場サイトの値(五所川原市・青森市・弘前市)
五所川原市の近くでの、これまでの仕事
青森県全体では、これまでに19軒のお宅で、30件の仕事を受け持ってきました。
五所川原市へも、いつでも伺います。煙突掃除や点検は、煙突の中の火事を防ぐいちばんの近道です。気になることがあれば、ご相談ください。
五所川原市の近くの施工事例
五所川原市での写真つきの事例は、まだありません。青森県内のほかの町で当社が手がけた現場をご覧ください。写真はすべて当社が撮ったものです。
五所川原市までの道のりと、出張費
盛岡の厨川ショールームから五所川原市までは約190kmです。メンテナンスの出張費は¥24,400〜¥32,400(税込)で、郵便番号ごとの額はメンテナンスのページで引けます。
五所川原市は省エネ基準の「3地域」です(薪ストーブと省エネ基準)。壁や天井との間は離隔距離と内装制限、煙突の囲いは煙突の囲いと壁貫通部、制度は補助金のまとめ、薪は薪の販売・配達へ。
よくある質問
五所川原市まで来てもらえますか?
はい。盛岡の厨川ショールームから約190kmです。設置工事もメンテナンスも、社員が伺います。
五所川原市でメンテナンスを頼むと、出張費はいくらですか?
¥24,400〜¥32,400(税込)です。10kmあたり¥1,500で、郵便番号ごとに実際の道のりを測って決めています。



