299本目です。ここまで書いて、白状したいことがあります。書けば書くほど、書けていないことが見えてくるのです。今日は、まだ書けていないことの話。そして、それをこれから誰と書くのか、という話です。書けたことより、書けなかったことのほうが、じつは店の宝物だったりします。その宝物を、今日は少しだけ棚から出してみます。

書けていないもの、その一 / あなたの家の実話
この読み物には、一般論と、お客様の声の断片は書けても、一軒の家の物語の全部は書けていません。設置を決めるまでの家族会議、工事の日の子どもの顔、一年目の冬の発見、十年目の味わい。それぞれの家に、それぞれの一冊分の物語があります。背表紙のない、その家にしか置かれない一冊です。書けない理由は簡単で、それはあなたの家の財産だからです。私たちにできるのは、その物語の始まりに立ち会うことと、たまに店先で続きを聞かせてもらうことだけ。それで十分、私たちは幸せです。「去年生まれた子が、火の前で初めて立った」。そんな一言を、工事の何倍もうれしく持ち帰る日があります。主役はいつも、その家に住む人たちです。(語録は、こちら。)
書けていないもの、その二 / 未来の答え合わせ
この読み物には、予想と提案がたくさんあります。家庭サウナの十年後(未来予想図)、続けた人の変化、岩手の聖地化。これらの答え合わせは、時間だけが書ける記事です。十年後、「あの予想はこうなった」という記事を書くのを、私たちは楽しみにしています。それまで店が信頼され続けていることが、前提ですが。今日も正直に商売をします。十年前の自分の予想を、笑いながら訂正できる店でありたい。それも、続けることでしか手に入らない資格です。
書けていないもの、その三 / においと音
もうひとつ、文字がどうしても届かない場所があります。焚きつけが爆ぜる小さな音、薪がおき火に変わるときの、ふっと甘くなる樹脂のにおい。ロウリュを打った瞬間、顔をなでていく白い蒸気の圧。これらは写真にも文章にも、半分しか写りません。だから私たちは、読んで気になった方に、店の火の前まで来てほしいのです。五感の残り半分は、その場でしか受け取れない土産のようなもの。言葉は、そこへたどり着くための地図として書いています。香りや音は、記録できないからこそ、その日その場かぎりのごちそうになります。地図をながめて胸が高鳴ったら、もう半分は旅の始まりです。
リクエストを、募集します
そして、299本目の恒例にしたいお願いです。読みたいテーマ、聞きたい疑問を、店で、電話で、メールで、聞かせてください。「こんな細かいこと聞いていいのかな」という質問ほど、いい記事になります。この読み物の種は、いつも店先の質問から生まれてきました(舞台裏はこちら)。「薪って何年で使い切るの」「サウナの後、なぜあんなに眠いの」。素朴な一問が、次の一本の背骨になります。答えを探して私たちも学び直す。だからリクエストは、書き手へのいちばんの贈り物です。300本の先の読み物は、あなたと一緒に書きます。
それでは、300本目へ
次はいよいよ、300本目。大きな節目の一本は、この長い読み物の旅の、いまの到達点を書くつもりです。白状ついでに言えば、書けないことが残っているうちは、この読み物はまだ現役でいられます。書き尽くせない土地に暮らせる幸運を、私たちはかみしめています。岩手・盛岡のD'STYLEの読み物を、ここまで読んでくださって、ありがとうございます。それでは、次のページで。
写真: Ximonic (Simo Räsänen) (Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)



