「かきねの かきねの まがりかど、たきびだ たきびだ おちばたき」。誰もが歌えるあの童謡の光景を、しかし最近の子どもたちは見たことがありません。落ち葉焚きは、どこへ行ったのか。今日は、消えたたき火の話と、その火が引っ越した先の話です。

あの童謡は、岩手の詩人が書いた
まず、うれしい話から。童謡「たきび」の作詞者・巽聖歌は、岩手県紫波町日詰の生まれです。昭和十六年、戦時下の冬にラジオで放送され、以来八十年以上も歌い継がれてきました。垣根の曲がり角で落ち葉を焚く、あの何気ない冬の情景を、日本中の共通の記憶に変えたのが、岩手の詩人だったわけです。木枯らしに手をかざす子ども、あたろうか、あたろうよ。火を囲む温かさの原風景が、この土地の言葉から生まれた。まず、それを誇りとして書いておきたいのです。
落ち葉焚きが消えた、正直な理由
その落ち葉焚きが、今はほとんど見られません。庭や畑での野焼き(落ち葉焚きを含む)は、廃棄物処理法や各自治体の条例で、原則として控えることになっています。煙のこと、火のこと、住宅が密集した現代の暮らしを思えば、うなずける移り変わりです。焼き芋の匂いの思い出ごと惜しいのですが、ここを曖昧にせず正直に書くのが、火を商う店の務めだと思います。そのうえで、火を楽しむ道はちゃんと残っている、というのが今日の本題です。
落ち葉の、現代の行き先
では、庭の落ち葉はどうするか。現代の心地よい正解は、腐葉土です。落ち葉を集めて、コンポストや囲いに積み、米ぬかを振って時々混ぜれば、一〜二年で極上の土に変わります。燃やせば一瞬の灰、腐らせれば庭の資産。焼き芋は場所を移しましたが、花壇と家庭菜園が肥える楽しみが増える。灰の話(こちら)と同じで、庭の循環はちゃんと続けられます。乾いた落ち葉を焚き付けに少量使うのもよいのですが、火付きのよさでは、白樺の皮や焚き付け材(こちら)に軍配が上がります。
火を囲む磁力は、消えていない
落ち葉焚きに子どもが集まったのは、偶然ではありません。ゆらめく炎、はぜる音、頬に届く熱。火は、理屈ぬきに人を惹きつけます。炎の不規則な揺らぎには、心を落ち着ける独特のリズムがあるとも言われ、私たちの祖先が何十万年も火を囲んできた記憶が、体のどこかに残っているのでしょう。その「火を囲みたい」という磁力は、時代が変わっても、消えてはいません。行き場を探しているだけです。キャンプの焚き火が世代を超えて愛されるのも、暖炉の前に自然と人が集まるのも、根はひとつ。人と火の付き合いは、囲む場所が変わっても、途切れずに続いていきます。垣根の角のたき火に集まったあの気持ちは、今も、私たちの中にちゃんとあります。
たき火の火は、炉の中に引っ越した
そして、本題です。あの落ち葉焚きの火は、消えたのではなく、引っ越したのだと私たちは考えています。行き先は、薪ストーブの炉の中。合法で、安全で、煙突が煙を高く逃がし、しかも毎晩楽しめる。焼き芋も炉の熾火で焼けます(こちら)。「たきびだ たきびだ」と子どもが集まるあの磁力は、ガラス越しの炎にちゃんと受け継がれています。童謡の光景そのままではないけれど、火を囲む文化の中身は、家の中で豊かに続けられる。それが、現代の火の作法です。
合法で、毎晩の、たき火を
岩手・盛岡のD'STYLEは、現代のルールの中で火を楽しむ暮らしをお手伝いしています。落ち葉焚き世代の方、あの火はうちの店にあります。詩人が歌ったあたたかさ、今度はガラスの向こうで。会いに来てください。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Foooomio (Wikimedia Commons, CC BY 3.0)



