薪ストーブの暮らしで、意外と語られないもの。それが、灰です。ひと冬焚けば、バケツに何杯にもなる、あの白い粉。処分に困るもの、と思われがちですが、昔の人にとって灰は、売り買いされるほどの立派な資源でした。江戸の町には「灰買い」「灰屋」という、灰を集めて商う専門の仕事があったほどです。今日は、木の最後の贈り物、灰の話をさせてください。

まず、安全の話から
使い道の前に、いちばん大事なことを。灰の中の熾火は、見た目が冷えていても、驚くほど長生きです。ふわりと灰に埋もれた熾火は、丸一日以上たっても、火種のまま眠っていることがあります。灰の取り出しは、必ずふた付きの金属のバケツへ。ビニール袋や紙袋、プラスチックのバケツは、絶対にいけません。溶けたり燃え移ったりで、火事のもとです。金属バケツに移したら、そのまま燃えるものから離れた屋外に数日置いて、芯まで完全に冷ましてから処分する。この基本だけは、どうか守ってください。
畑に、庭に、昔ながらの土づくり
完全に冷めた灰は、まず畑で活躍します。木の灰は「草木灰」と呼ばれる昔ながらの肥料で、カリウムやカルシウムを含み、酸性に傾いた土をやわらかく中和してくれると言われ、家庭菜園の土づくりに古くから使われてきました。使いすぎると土が偏るので、様子を見ながら少しずつ。ジャガイモの切り口に灰をまぶして植える昔ながらの知恵も、聞き覚えのある方がいらっしゃると思います。薪が森から来て、家を暖め、灰になって畑の土に還る。この長い循環の最後の一歩を、自分の庭で完成させられるのは、薪ストーブの暮らしならではの静かな喜びです。(森の循環の話は、こちら。)
灰汁は、暮らしの万能選手だった
灰が資源だった理由は、畑だけではありません。灰を水に溶かした上澄みを「灰汁(あく)」と呼び、昔の暮らしの万能選手でした。山菜のえぐみを抜く「あく抜き」に使い、洗剤のない時代には洗い物や洗濯の助けにもなり、藍染めや和紙づくりの現場でも欠かせない存在でした。石けんのなかった頃、油と灰汁から手作りの石けんがつくられたのも、同じ知恵の延長です。木を燃やしたあとに残る白い粉が、食から掃除、ものづくりまで支えていた。灰屋という商売が成り立ったのも、うなずける話です。火を焚く暮らしは、その副産物までまるごと使い切る、賢い暮らしでもありました。
雪国の灰は、冬も働く
そして岩手の冬。灰は、雪道でもよく働きます。凍った玄関先や坂道に灰をまくと、ざらつきが滑り止めになり、黒っぽい灰は日差しを吸って、まわりの雪解けも早めてくれます。市販の融雪剤と違って、まきすぎても土や植物を傷めにくいのが、灰のいいところ。昔の雪国では、どこの家でも当たり前にやっていた冬の知恵です。焚けば焚くほど、暖かさと同時に、冬の足元の安全までもらえる。じつによくできた話だと思いませんか。灰は、ゴミではなく、雪国のもうひとつの備えです。
ガラス磨きの、名人
もうひとつ、覚えておくと得をする使い道を。薪ストーブのガラスの内側に、うっすらついた煤。あれは、湿らせた新聞紙やキッチンペーパーに、細かい灰をほんの少しつけてこするだけで、きれいに落ちます。灰のごく細かな粒子が、ガラスを傷めないやさしい研磨剤になってくれるのです。専用のクリーナーも売っていますが、まずは手元の灰で試してみてください。ストーブの汚れを、そのストーブが生んだ灰で落とす。道具の使い方として、実に粋だと思います。
灰まで楽しむ暮らしを
薪ストーブの暮らしは、炎を楽しみ、料理を楽しみ、そして灰まで使い切って、ようやくひと巡りです。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハースストーンやバーモントキャスティングスの薪ストーブの設置から、灰の始末や道具のことまで、暮らしの実際に沿ってお手伝いしています。おすすめの灰バケツのご紹介も、店先でどうぞ。灰の話が楽しくできるようになったら、あなたも立派な薪ストーブ乗りです。
写真: Andrey Korzun (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)


