盛岡は、麺の街です。冷麺、じゃじゃ麺、わんこそば。三大麺を擁する街に住みながら、私たちはある日、気づいてしまいました。これ、ぜんぶサ飯として最強なのではないか。今日は、サウナ上がりの体で食べる盛岡三大麺の話。地元愛全開でお届けします。(サ飯の基本理論は、こちら。)
盛岡冷麺は、サ飯の王座候補
まず、冷麺。盛岡冷麺は、1954年、市内の食道園の初代が、朝鮮半島の冷麺を日本の味覚に合わせて生み出したのが始まりと言われます。サウナ上がりの火照った体に、キンと冷えたスープと、コシの強い半透明の麺。牛だしの旨味、キムチの辛味と酸味、梨やすいかの甘い口直し。考えてみてください、これは「水分・塩分・糖分・冷たさ」というサウナ後の体が求めるものを、一杯に全部盛った完全食です。汗をかいた日の冷麺のスープは、最後の一滴までうまい。辛味は別辛にして、ととのった舌でだしの繊細さから味わうのが、サウナー流です。夏の外気浴のあとの冷麺は、盛岡に生まれた幸せを実感する瞬間です。
じゃじゃ麺は、締めの二段構え
次に、じゃじゃ麺。戦後、白龍(パイロン)の初代が満州で親しんだ炸醤麺をもとに考案したと伝わる、盛岡生まれの一杯です。もちもちの平麺に肉味噌、きゅうり、しょうが。よくかき混ぜて、酢とラー油とにんにくで自分の味をつくる。サウナ上がりの塩分欲求に、あの肉味噌がどんぴしゃです。そして、じゃじゃ麺の真骨頂は締めのチータンタン。食べ終えた皿に生卵を割り、ゆで汁を注いでもらう、あの一杯。サウナで失った水分と塩分を、あたたかいスープでやさしく戻す。まるでサウナ後のために設計されたような二段構えです。夜サウナのあとの締めには、冷麺よりこちらが体にやさしい。(締めの温かい一杯の理屈は、白湯の話と同じです。)
わんこそばは、祝いの祭り
わんこそばは、日常のサ飯というより、祭りです。給仕さんが次々にそばを椀へ放り込む、南部地方に伝わるもてなしの形。でも、想像してください。サウナ会でととのった仲間たちと、わんこそばに突入する宴を。「はい、じゃんじゃん」の掛け声、積み上がるお椀、ととのった体に染みるそばつゆ。サウナ記念日や祝いごとの締めとして、これほど岩手らしい宴はありません。遠方から来た友人をもてなす黄金コースは、家サウナからのわんこそば。都会では絶対に真似できません。(もてなしの話は、こちら。)
三つの麺は、工夫の結晶
面白いのは、三大麺のうち二つが、よその土地の味を盛岡で育てた一杯だということ。冷麺もじゃじゃ麺も、海を渡ってきた麺を、この街の人が工夫を重ねて、盛岡の名物に仕立てました。厳しい冬と、うまいものへの執念が、外の味を取り込んで独自に磨く。そういう土地なのです。ちなみにフィンランドのサウナ文化も、蒸気の入浴を各地の暮らしに合わせて磨き上げたもの。よそのものを、自分の風土でおいしく育てる。麺とサウナは、盛岡の地でそっくりな道をたどっています。
その日の体で、麺を選ぶ
サ飯上手は、その日のサウナで麺を選びます。夏の昼、外気浴でしっかり汗をかいた日は、迷わず冷麺。冷えたスープが火照りを一気に鎮めます。夜、じっくり温まった日は、じゃじゃ麺のチータンタンで、体をあたたかいまま眠りへ運ぶ。祝いの日や、仲間が集まった日は、わんこそば。同じ「ととのい」でも、季節と時間で、体が欲しがる一杯は変わります。三つの選択肢が徒歩と車の圏内にあること自体が、盛岡のサウナ暮らしの、ぜいたくな悩みなのです。
麺の街の、サウナ暮らし
ととのって、麺をすする。この幸せが徒歩圏・車圏に揃っているのが、盛岡のサウナ暮らしです。岩手・盛岡のD'STYLEは、ハルビア岩手県正規代理店として、麺の街のサウナ設置をお手伝いしています。今夜の一杯を最高にする一台、おすすめします。ご相談、いつでもどうぞ。
写真: Munkkipossu2000 (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)



