東北に転勤する。新築を建てる。引っ越す。そのとき最初に調べることのひとつが「暖房費はいくらかかるか」だ。東京から来た人は驚く。冬が5ヶ月ある。暖房費は家計の柱になる。エアコン・灯油・薪ストーブ・ペレットストーブの4つを並べて、数字で見てみる。
東北3県の冬は、エアコンの試験条件より17度低い
エアコンの暖房能力は、JIS C 9612という規格で測定される。試験条件は「外気温7℃」。東京の冬の平均的な気温を想定した数字だ。
東北はこうなる。
| 都市 | 1月の平均最低気温 | 厳しい朝 | JIS基準との差 |
|---|---|---|---|
| 盛岡(岩手) | −6℃ | −13℃ | 13〜20℃ |
| 青森 | −4℃ | −10℃ | 11〜17℃ |
| 秋田 | −3℃ | −8℃ | 10〜15℃ |
| (参考)東京 | 1℃ | −2℃ | 6〜9℃ |
盛岡の1月の厳しい朝はマイナス13℃。JISの試験条件とは20℃も開きがある。カタログに書いてある暖房能力は、盛岡の冬には当てはまらない。
盛岡の朝、エアコン20畳用に何が起きるか
標準的なエアコンは、外気温が7℃を下回ると1℃ごとにカタログ値から約3.3%ずつ能力が落ちる。ヒートポンプは外の空気から熱を集める仕組みなので、外が冷えるほど集められる熱が減る。物理の話であって、故障でも手抜きでもない。
| 外気温 | 標準エアコン (20畳用) | 寒冷地エアコン (20畳用) | 標準の実質畳数 |
|---|---|---|---|
| 7℃(JIS基準) | 7.1 kW(100%) | 7.1 kW(100%) | 20畳 |
| 0℃ | 5.4 kW(77%) | 6.1 kW(86%) | 15畳 |
| −5℃(盛岡12月) | 4.2 kW(60%) | 5.4 kW(76%) | 11畳 |
| −8℃(秋田1月) | 3.6 kW(50%) | 5.0 kW(70%) | 10畳 |
| −10℃(青森1月) | 3.1 kW(43%) | 4.7 kW(66%) | 7畳 |
| −13℃(盛岡1月) | 2.4 kW(30%) | 4.0 kW(56%) | 5畳 |
| −15℃(冷え込む朝) | 2.2 kW(27%) | 3.7 kW(52%) | 4畳 |
盛岡の1月の朝、標準のエアコン20畳用は実質5畳分しか出せない。リビングにもう一台足しても10畳分。20畳のLDKにはまだ足りない。
寒冷地エアコンでもマイナス13℃では56%。20畳用が実質11畳分。1台では暖めきれない。寒冷地エアコンが「万能」という話は、盛岡の冬には当てはまらない。
設定温度に届かない朝のこと
設定温度を24℃にしても部屋が20℃止まり。風量を最大にしても足元が冷たい。故障を疑って業者を呼んだが、異常なしと言われた。盛岡で冬を過ごしたことがある人なら、この経験に覚えがあるはずだ。
異常がないのに暖まらない。その原因は、エアコンの仕組みと盛岡の気温の組み合わせにある。エアコンの能力がカタログ値の半分以下に落ちている朝に、設定温度までたどり着けないのは当然のことだ。
霜取り運転が追い打ちをかける
マイナス5℃を下回ると、もうひとつの問題が出てくる。霜取り運転だ。室外機の熱交換器に霜がつくと、エアコンは暖房を止めて霜を溶かす。この間、室内には冷たい風か無風が続く。外が寒いほど霜取りの頻度が上がり、1時間に2〜3回止まることもある。
暖房力が落ちている上に、その暖房すら10分おきに止まる。盛岡の1月の朝は、エアコンにとって最も厳しい時間帯だ。
ひと冬の暖房費を並べてみる
20畳のLDKを11月から3月までの5ヶ月間暖める場合の燃料費を比べてみる。
| 暖房方法 | ひと冬の燃料費 | 特徴 |
|---|---|---|
| エアコン(寒冷地・20畳用) | 100,000〜160,000円 | 電気代。外気温が低いほど効率が悪化 |
| 灯油ストーブ(FF式) | 80,000〜120,000円 | 灯油1L=100円として。におい・給油の手間あり |
| 薪ストーブ(薪屋から購入) | 80,000〜120,000円 | 電気不要。輻射熱。薪の搬入が要る |
| 薪ストーブ(自分で薪を用意) | 20,000〜40,000円 | チェーンソー燃料+労働 |
| ペレットストーブ(6kW級) | 75,000〜105,000円 | ペレット代+電気代500〜1,500円/月 |
燃料費だけで見ると、自分で薪を割れる環境がある人は薪ストーブが最も安い。それ以外の暖房は灯油・薪・ペレットがほぼ同水準で、エアコンがやや高い。
ただしこの表は「燃料費だけ」の比較だ。初期費用、手間、暖かさの質、停電への備え。数字に出てこない違いがある。そこを掘り下げてみる。
エアコン暖房の弱点と強み
弱点:寒さに弱い
上の表で見たとおり、エアコンは外気温が下がるほど能力が落ちる。東北の冬には最も不利な暖房だ。電気代も寒い地域ほど高くなる。盛岡で20畳のLDKを冬じゅうエアコンだけで暖めようとすると、電気代が月3万円を超えることがある。エアコンを2台つけてフルパワーで回し続ける家庭もあるが、それでも足元は冷えている。
強み:手間ゼロ
リモコンひとつで温度を設定すれば、あとは自動で動く。給油もない。薪割りもない。灰の掃除もない。共働きの家庭や、日中に暖房を触れない家庭にとって、この手間ゼロは大きな価値がある。暖房力の不足は認めた上で、手間がかからないことを選ぶ判断もある。
灯油ストーブの弱点と強み
強み:安定した火力
灯油のFF式ストーブは、外がマイナス15℃でも火力が変わらない。エアコンのように「寒い朝ほど暖まらない」ということがない。岩手の家庭では昔からの主力暖房で、信頼は厚い。
弱点:におい・給油・価格変動
灯油にはにおいがある。燃焼中のにおい、給油時のにおい、タンクのにおい。気にならない人もいるが、気になる人にとっては冬じゅう続くストレスになる。灯油は価格が安定しない。2020年代は1リットル100円前後で推移しているが、過去には150円を超えたこともある。ひと冬の暖房費が2〜3万円変わる。
薪ストーブの弱点と強み
強み:輻射熱と停電時の安心
薪ストーブは6kWから15kWの出力がある。10kWの薪ストーブは、マイナス10℃の朝でも10kW。エアコン20畳用を4台分の暖房力を、薪を燃やすだけで得られる。
しかも暖かさの質が違う。鋳鉄や鋼板が放つ輻射熱は、空気を介さず体に直接届く。エアコンの温風では足元が冷えるのに、薪ストーブの前では足の先まで温まる。空気の温度が同じでも、体が感じる暖かさが別物だ。
そして停電に強い。電気がなくても薪があれば暖房できる。東日本大震災のとき、岩手では数日間の停電があった。薪ストーブがあった家庭は暖をとれたし、ストーブの上で煮炊きもできた。東北に住む以上、停電への備えは暖房選びの軸のひとつになる。
弱点:手間
薪の調達、保管、搬入。灰の掃除。煙突の定期的な点検と掃除。手間は多い。自分で薪を割る場合は安いが、体力と時間がいる。薪屋から買う場合はシーズン前に注文しておく計画性も必要だ。その手間を「面倒」と感じるか「暮らしの一部」と感じるかで、薪ストーブとの相性は決まる。
ペレットストーブの弱点と強み
強み:薪より手間が少なく、灯油よりにおいがない
ペレットストーブは木質ペレット(おがくずを圧縮した小さな粒)を燃料にする。タンクにペレットを入れてスイッチを押すだけで、自動で点火・運転・消火する。薪割りもない。灯油のにおいもない。排気筒の工事も煙突より小規模で済む。3kWから15kWまで機種がある。
暖かさの質は薪ストーブに近い。炎が見える。輻射熱がある。空気を汚さない。灯油ストーブの暖かさとエアコンの手軽さの間にいるのがペレットストーブだ。
弱点:電気が要る
ペレットストーブは着火と送風にモーターを使う。停電するとファンが止まって消火する。薪ストーブのような「電気がなくても動く」強みはない。ただし消費電力は月500〜1,500円と小さい。バッテリーやUPSを用意すれば停電時にも数時間は運転できる。
「最安」より「最適」を探す
暖房費の安さだけで選ぶなら、自分で薪を割れる人は薪ストーブ一択になる。ひと冬2〜4万円。桁が違う。
けれど、暮らし方は人それぞれだ。共働きで日中は誰もいない家庭にとって、薪ストーブの手間は現実的ではない。高齢の夫婦にとっては灯油の給油も重労働だ。寒冷地エアコンの電気代が高くても、手間ゼロという価値を選ぶ判断は正しい。
暖房を選ぶときに見るべきものは、燃料費だけではない。
2. 手間(給油・薪の搬入・灰掃除)
3. 暖かさの質(輻射熱・足元・乾燥)
4. 停電への備え
5. 初期費用(エアコン<灯油FF<ペレット<薪ストーブ+煙突)
この5つをどう重みづけするかは、家の広さ、家族の構成、土地の条件で変わる。数字を並べるところまでが当社の仕事です。「この暖房が合う・合わない」を決めるのは、数字を見たお客様ご自身です。
高断熱住宅ならエアコンだけで暮らせるか
UA値0.25以下のいわゆる超高断熱住宅であれば、寒冷地エアコンだけで室温を保てる場合がある。高断熱住宅は熱が逃げにくいので、エアコンの弱い暖房力でも室温を維持しやすい。
ただし電気代は安くならない。エアコンの効率が落ちることは変わらないからだ。「暖まるかどうか」と「電気代がいくらになるか」は別の問題で、高断熱住宅は前者を解決するが後者は残る。停電時のリスクも変わらない。断熱性能と暖房方法の両方を検討するのが確実だ。
オール電化の家に薪ストーブを足す
最近増えているのが、オール電化の新築に薪ストーブやペレットストーブを加える家庭だ。ベースの暖房はエアコンと床暖房。そこに薪ストーブやペレットストーブを足すことで、電気代を抑えつつ輻射熱の暖かさと停電時の安心を手に入れる。
エアコンと薪ストーブの併用は、じつは相性がよい。エアコンが暖めた空気を、薪ストーブの輻射熱が足元と壁面に届ける。エアコンだけでは足元が冷たかったリビングが、薪ストーブを1台足すだけで全面的に暖まる。薪ストーブの焚きつけ中はエアコンで繋ぐ。薪ストーブが安定してからエアコンを切る。互いの弱点を補い合える。
岩手・青森・秋田、東北のどこでも同じ構造
この記事では盛岡・青森・秋田の気温を使って計算したが、暖房費の構造は東北5県に共通する。山形の内陸部も冬はマイナス10℃を下回る。宮城の県北でも冷え込みは厳しい。
エアコンの能力低下は外気温で決まる物理現象なので、この計算は東北に限らず全国どこでも使える。外気温がマイナスになる地域であれば、エアコンだけに頼る暖房には限界がある。
数字の先にある暖かさを、盛岡で体感してください。
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