ノルウェーには約50万棟のヒュッテ(hytte)がある。人口約550万人の国で、4世帯に1世帯が山や海辺に小屋を持っている計算になる。百万を超える世帯が薪ストーブや暖炉を持ち、国営放送が薪の燃える映像を12時間流せば100万人が見入る。火が暮らしの真ん中にある国の話を、まとめて書きます。
ヒュッテ。電気のない週末
金曜の午後、オスロの高速道路は山へ向かう車で混みます。行き先は山や海辺のヒュッテ。別荘とは違い、豪華さは求めない。むしろ、なるべく簡素であることに意味があります。
古いヒュッテの多くには電気が来ていません。水は近くの川から汲む。暖房は薪ストーブだけ。到着したらまず薪を焚いて、部屋を暖めるところから始まります。マイナス10度の山小屋に入り、息が白い中でストーブに火を入れる。30分もすると空気がゆるやかに変わり、1時間後には上着を脱げる。この「自分で暖かさを作る」という感覚が、ヒュッテの核心にあります。
ノルウェーには「フリルフツリフ(friluftsliv)」という言葉があります。「自由な空気の中の暮らし」という意味で、自然の中で過ごすことそのものに価値を見出す考え方です。冬はクロスカントリースキーで山を歩き、帰ってストーブの前でココアを飲む。夏はハイキングや釣り。ヒュッテはフリルフツリフの拠点になります。
ヨツールという薪ストーブ。巨人の名を持つ鋳物

古ノルド語で jötunn(ヨトゥン)は巨人を指します。北欧神話に出てくる一族で、トールが槌を振るう相手がこの巨人たちです。ノルウェーにはその名を負った山群、ヨツンヘイメン(Jotunheimen)があります。「巨人の住むところ」という意味で、北ヨーロッパ最高峰のガルフピッゲン(標高2,469m)がここにあります。
1853年、いまのオスロで、ひとつの鋳物工場が動き出しました。鉄を溶かして型に流す仕事です。その会社が、自分たちの名前に山の巨人を選びました。JØTUL(ヨツール)。日本ではペリーが浦賀に来た年です。
鋳鉄は重い。いちばん小さい F 602 ECO でも、持ち上げるときは腰にきます。その重さが暖まり方を決めています。火をつけてすぐには部屋が暖かくなりません。かわりに、いったん温まると冷めない。薪が燃え尽きて炎が消えたあとも、鉄が抱えこんだ熱を出し続けます。
表面のこまかいレリーフにも、ちゃんと仕事があります。凹凸で表面積を増やし、熱を長く出すための形です。F 400 ECO の側面にあるヴァイキング船・羅針盤・海図の模様は、そういう働きも持っています。もっと蓄熱がほしい家には F 520 HT があり、本体の上にカンラン石を約60kg組み込めます。火が消えてから最大12時間ほど暖かさが続く。石をのせて熱をためるという考え方も、北の国のものです。
ヨツールは1853年から暖炉と薪ストーブだけを作ってきました。形の芯が変わっていないので、何十年も前のモデルが現役で焚かれています。部品が手に入る。壊れたら直せる。F 602 は小屋や離れにちょうどいい小型機、いちばん大きい F 500 ECO は暖房面積の目安が約61坪。同じ会社が、この幅を作り分けています。
薪積みという国民的行為
2013年の2月、ノルウェーの国営放送NRKが一本の番組を流しました。暖炉で薪が燃え続ける様子をカメラで映し、12時間そのまま放送する。ナレーションも解説もなく、薪がはぜる音と炎だけが続きます。この番組を見た人が100万人を超えました。当時の人口は約500万人ですから、5人に1人が画面を見ていた計算になります。
放送中には、局に抗議の電話が殺到しました。理由は「薪の積み方が間違っている」。樹皮を上に向けて積むか、下に向けて積むか。そこで意見が割れたのです。
きっかけは、2011年に出たラルス・ミュッティングの本でした。原題は『Hel ved』。薪の割り方、樹種ごとの燃え方の違い、薪棚の組み方、乾き具合の見分け方。それだけを書いた本です。英語版が『Norwegian Wood』の題で出て、日本語にも『薪を焚く』として訳されています。薪という道具の話が、これだけの分量で売れる。それ自体が、ノルウェーにとって薪がどんな位置にあるかを示しています。
ノルウェーには vedstapling(ヴェドスタプリング)という言葉があります。薪積みのことです。ただ積むのではなく、木口の向きや色の組み合わせで模様をつくる。円形、渦巻き、動物の顔。各地でコンテストが開かれ、薪棚をわざわざ道路側に向けて建てるのは、通る人に見せるためだという話も聞きます。乾かすための作業が、見せるための場になっていく。春に薪を仕入れ、夏のあいだ乾かし、秋から燃やす。この段取りが暮らしに組み込まれている土台があって、はじめて積み方が競われます。
電気があっても、燃やし続ける
ノルウェーは水力発電の国で、電気は日本より安く手に入ります。それでも薪を焚く家が減りません。停電への備えという理由もありますが、それだけで説明はつかない。ストーブの前に座って、炎の動きを眺める。効率とは関係のない時間です。日常ではスイッチ一つで暖房がつく。ヒュッテではそうはいかない。薪を割り、焚き付けを組み、マッチで火をつける。その不便さの中に、自分の手で暮らしを動かしている実感があります。
岩手の冬と、ノルウェーの冬
盛岡の冬は、朝の冷え込みが厳しい。夜中に火が落ちたあと、家が冷え切ってしまうかどうかで翌朝の暮らしが変わります。鋳鉄の蓄熱が効くのは、ここです。炎が消えても本体はまだ温かい。氷点下の朝が何日も続く岩手・秋田・青森では、この差が毎日出てきます。
薪を割り、積み、火をつける。うまく燃え始めたときに、しばらく炎を見ている時間がある。ノルウェーの人たちが何百年も続けてきたことと、中身は変わりません。「冬が好きな季節になった」とおっしゃるお客様がいます。薪の準備をする秋も、火を眺める夜も、楽しみに変わったと言うのです。岩手で薪ストーブを入れたお客様から「面倒なのがいい」と言われることもあります。スイッチ一つでは得られないものが、火をつける行為の中にある。ノルウェー人がヒュッテに通う理由と、根は同じだと思います。
盛岡のショールームには、ヨツールが並んでいます。火を入れてある日もあります。刻印を見て、扉を開けて、鉄の厚みを手で触ってみてください。写真ではわからないところに、この道具の中身があります。ご相談は無料です。
よくあるご質問
Q. ヨツールは岩手で買えますか。
D'STYLEは岩手県の正規代理店です。盛岡を拠点に、岩手・青森・秋田の全域と、宮城・山形の一部へ伺います。日本で正規に流通しているヨツールの薪ストーブ20機種を扱っています。
Q. ノルウェーのメーカーは、ほかにもありますか。
ドブレ(Dovre)があります。こちらもノルウェーの山地の名を持つブランドで、当社で取り扱っています。北欧では、スウェーデンのコンツーラ、デンマークのモルソーも広く使われています。モルソーもヨツールと同じ1853年の創業です。
Q. 鋳鉄と鋼板では、どちらがいいですか。
暖まり方が違います。鋼板は火をつけてから早く熱くなり、鋳鉄は時間がかかるかわりに冷めにくい。日中は留守で夜だけ焚く家なら鋼板が向くこともありますし、朝晩の冷えが厳しく一日を通して焚く家なら鋳鉄が効きます。家の広さと断熱、焚き方をうかがって選びます。
Q. 薪はいつから準備すればいいですか。
ノルウェーと同じで、春に仕入れて夏のあいだに乾かすのが基本です。含水率20%以下が目安で、生木からだと一年以上かかります。今年の冬にすぐ使いたい場合は、乾燥済みの薪を手に入れるのが確実です。当社でも乾燥薪をお届けしています。
Q. 樹皮は上と下、どちらに向けて積むのが正しいですか。
ノルウェーで電話が殺到したのが、この話です。雨の当たる屋外なら樹皮を上にして水を弾かせる、屋根のある薪棚なら下に向けて木口から乾かす、という考え方があります。雪が積もる岩手では、向きより先に、屋根を掛けて風が通る場所に積むことのほうが効きます。
※社名の由来は北欧神話および地名に関する一般的な記述によります。製品写真はJøtulの提供素材です。放送の視聴者数は欧州の複数の報道によります。
